デビルスターを知っているか?
 何? 『デビルスター』を知らない? それじゃあモグリと言われても仕方ないな。ん? あー……まあ、確かに、奴は裏ビンゴブックにしか載ってないしな。――裏ビンゴブックも知らないのか? ……世の中知らない方が幸せな事って、あるよな。
 ――奴の特徴? 簡単さ。奴の目ん玉には悪魔が棲んでいやがんのさ。奴に会ったら目ん玉よぉーく見てみろ、すぐに判る。まぁ、その頃にはお前は死んじまってるだろうがな。……冗談だ。嘘だけどな。
 白も黄色も今じゃ古臭い伝説さ。今は『黒い悪魔』の時代だよ。

 手を伸ばせば天鵞絨(ビロード)のような空気に触れられそうな満月の夜。爪弾けばキンッと硬く高い音がしそうな月明かりが木洩れ、立ち並ぶ巨木が這わせる根がうねる大地を思わせる。
 ――クソクソクソ! ふざけんな! 何でバレた? 嗅ぎまわってたのがオレだって、どうしてバレた!?
 焦りと恐怖と苛立ちでほんの一瞬注意力が散漫し、枝に蒸した苔で足が滑り木から転げ落ちた。
「クソ!」
 忍にあるまじき失態だったが、忍故の反射神経と膂力が生み出した瞬発力ですぐさま起き上がり一心不乱に走り出す。
 男の脳裏に焼きつくのは、ひたりと自分を見詰めていた『黒い悪魔』の姿だった。

 その日男は『デビルスター』や『黒い悪魔』と呼ばれる謎の忍について、贔屓にしている歓楽街の路地裏の店で情報収集していた。
 煌びやかなネオンに照らされる着飾った女達や客で賑わう通りを、客引きを適当にあしらい、新たに仕入れた情報を古い情報と照らし合わせ反芻しながら歩く。
 ふと視線を感じ、何の疑問もなくその方向を見ると、色とりどりの人混みに打たれた杭のように、ぽつんと、黒い外套が見えた。
 ネオンの光りで影が濃くなりフードの中は見えないが、目が合ったと思った。容姿など知らなかったが、視線が通った瞬間に本能でソレが件の悪魔なのだと理解し、脱兎の勢いで走り出す。それと同時に悪魔も動き、男が不格好に通行人にぶつかるのに対して、ソレは音もなく漆黒のクナイが空気中を滑るように、人混みを抜け男の後を追う。

 そんな最悪の遭遇を経て命からがら逃げ切り、自分の遁走術もまだまだ現役だと束の間の安息に男は思った。
 夜の深い森の質量がありそうな闇の中、獣除けに焚いている火のオレンジが眠気を誘う。
 恐らく自分の面は相手に割れてしまったし、謎の忍の調査は今後より一層用心しなければならないな。と考えながら、男は微睡みの中へ落ちていった。
 ふっと目が覚めて、焚き火がぼんやりと照らしたそれが人だと理解した瞬間に、一気に緊張が走り汗が吹き出る。小首を傾げだらしなく両腕を垂らし、まるで人形か死体みたいな雰囲気で佇んでいるソレ。ハフェタル風の滑稽なほどの笑顔であるはずの面の表情が、今では焚き火によって濃くなった陰影で不気味さと恐怖を煽る要因にしかならない。炎が揺らめく度に面の影も揺らめいて、まるでニタニタ意地の悪い笑みを向けられている気分になる。
 ゆらゆら、ゆらゆら。長いポニーテールが悪魔の尻尾のように楽しげに踊り翻る。面のくり抜かれた目の部分から見えた瞳には、確かに悪魔が棲んでいた。
「……デビル、スター……」
 絶命寸前の男が言う。
「――だっさい通り名が付いちゃったなぁー」
 面を外し、男を見下ろす女のその双眸には、上下逆さの五芒星『デビルスター』が紅く煌めいていた。と、そのデビルスターが瞠目した。ついに絶命した男の亡骸が、時を早めたように風化し始めたからだ。女は値踏みするように目をすっと細めると、面白いモノを見つけたように唇を歪めた。
「へぇ……アンタ、細間(さいかん)だったんだ」
 男は『細間』と呼ばれる表向きは存在すらしない影直属の忍だった。各国の情勢、文化、風習から流行まで、調査対象は細間に一任され、定期的に影に報告する時意外、里に戻ることはない。細間に求められるのは忍としての強さよりも、いかに一般人に紛れ、より多くの情報を集めることが出来るかである。表向き存在しない忍は、死もまた残されることはない。死した瞬間に呪印が発動し、その遺骸は塵となり消える。影は何らかの方法で細間の死を知ると言われている。
「珍しいもの見ちゃった」
 語尾に音符マークが付きそうな弾んだ声を残して踵を返すと、悪魔は闇に紛れて消えた。

 ――裏ビンゴブックってのはな、コイツにだけは手を出すなって言う、親切な警告書なのさ。


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