相沢累の朝は今日も少しばかり早かった。
 しかし昨日と違うのは、目覚めたのが自分の部屋ではなく廃墟のようなお堂だったこと。早く起きても起こしに行く幼馴染がいないこと。自分が今どこにいるのかも、分からないこと。
 浮上する意識のままに目を開けると、お堂の壁や扉の隙間から光が入り込んできていた。一見すると天使の梯子のように美しい光景だが、目を凝らせば見えてしまう、光の当たらない闇の中の現実。この村の祭りか何かで使われるのであろう道具は蜘蛛の巣だらけで埃を被り、何かの虫の抜け殻がそこら中に落ちていた。
 清潔な寝具でしか眠ったことのない累にとっては拷問に近い状態だったが、今の累にはこの状況が精一杯だった。
 不意に鳴り響いた電子音に大袈裟と言えるほど肩が震えた。スクールバッグのポケットから聞こえてくる聞き慣れたそれが、昨日までとは全くの別物のように酷く非現実的で、遠かった。
 画面をスライドさせてアラームを消す。昨日も同じ画面を見ていたのに、なぜ今日はこんなにも昨日と違うのだろう。そんな思いが胸中を埋め尽くす。
「っ……」
 抱えた膝に熱くなった目頭を押し付ける。泣いたところでこの状況が変わるわけではないのだと、自分自身に言い聞かせた。
 累は袖で涙を拭うとスクールバッグからイヤホンを取り出してスマートフォンに差し込んだ。手慣れた様子で画面を操作してある曲を再生すれば、軽快な音楽がイヤホンから流れ出す。
 新しい朝が来たと言いながら、立ち上がった。
 希望の朝だと口ずさみながら、服についた土埃を払った。
 喜びに胸を開けと歌いながら、お堂の扉を開け放った。
 そして、目を潰さんばかりに輝く太陽に向かって叫んだ。
「おおぞーら、あーおーげー!」
 不安な一夜をすごした累の顔は憔悴していたが、その瞳には強い色を宿していた。


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