ローションプール
 木ノ葉隠れの里、某所。暗部に所属したことのある者しか知らない、暗部専用待機所。そこに何やらアンニュイな空気を纏いベンチに腰掛ける暗部が一人。
 黒い外套に黒い雄山羊の面。膝の上に肘をつき、これまた黒い手袋に覆われた手を物憂げに口元で組んでいる。そんな只ならぬ雰囲気を醸し出す同僚の隣に、銀色の髪に犬面の暗部が腰掛けた。

 いつもなら待機所に足を踏み入れた瞬間に自分やテンゾウにじゃれついてくるあの娘が、不気味なほど沈黙を守っていた。
 他の奴に聞いても首を横に振るか傾げるだけ、テンゾウには先輩なのだから後輩のフォローをしてきなさいと肘で突つかれた。
 任務で何かあったのだろうか、またイタズラがバレてこっぴどく怒られたのだろうか、いい歳なんだからそろそろ落ち着きなさいとあれほど言ったのに……話がズレたな。
 犬面の暗部、カカシが口を開き倦ねていると、それを知ってか知らずか山羊面の暗部、マコトが徐に口を開いた。
「――摩擦って、大切だよね」
「……は?」
「カカシさんさァ……」
「何回も言ってるけど、今はカカシじゃなくてギンだから」
「――でさァ、カカシさん。ローションプールって知ってる?」
「だから今は――って、え? は? ……ろ、ローション……?」
「そう。いかがわしい方のローション」
「……」
「護衛任務だったんですけどね、大名のバカ息子達がコンパニオン侍らせて二十五メートルプールにドラム缶一杯のローションをぶちまけて何かよく解らないゲームをしていて楽しそうだったんですよ……すっごく。任務明けたの深夜だったし疲れてた所為かも知れないんですけど、ナチュラルハイでボルテージ上がって、家の風呂場で試したんです」
「へ、へぇー?」
「あ、今ドン引きしましたね別にいいんですけど、どうなったと思います?」
 目に見えてぶるぶる震えだして恐怖を露わにする後輩。そんな普通でない状態の後輩の身を案じて肩に手を置きかかった瞬間、信じられない言葉を口にした。
「立ち上がれなかったんですよ……! 摩擦ゼロの何と恐ろしいことか!! 私あのまま風呂場でローションに塗れて孤独死するかと思いました!」
 本物の馬鹿がここにいた。
「だからカカシさんもソープとか行くときは気をつけて下さいね! チャクラなんてローションの前では無力ですからね! マジでヤバいッスよ……ローション恐い……」
「もー、すぐ影響されるんだから……」
「感受性が豊かなのだ!」
「感化されやすいってことだよね」
「……違うと言えない自分が悲しいです」
「ところで、何でそんなモノ持ってるのかな? ん?」
「え、いや、あの……その…………野暮なこと聞きなさんな」
「ちょ、何でテンゾウが噎せてんのよ!?」
「違います! 先輩、誤解です! 喉の調子が本当に悪いだけなんです!」
「テンゾウさん非道い! 私とのことなかったことにするつもりね!」
「こらこら、インも悪ノリしないの!」
 その時、腰にバスタオルを巻き、全身をてらってらに光らせた男がいきり立ちながらドアを蹴破る勢いで入ってきた。
「ゴルァ!! 誰だー! シャワールームに妙なもん撒いたのは!!」
 そんな格好なのに面を着けている彼は、暗部の鑑だ。
「……」
 しかし、その時カカシは見ていた。マコトがこっそりいかがわしい色のボトルをベンチの下へ踵で押し込むのを。
「……マコト?」
「えへ!」
 カカシが流れるように滑らか且つスマートにマコトに決めた関節技の名はダブルリストロック。絡めた腕が支点となるテコの原理で肩関節にダメージを与え、相手が逃げようと動いても腕が極まる方向になりやすい。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! 筋肉痛! ノー関節! 肩ヤバい肩ヤバい肩ヤバい!!」
 逃げ足が早く逃げ方を心得ているマコトは、さっさととっ捕まえて関節技で懲らしめて沈めるのが一番なのだ。
「てんぞーさーん!! へるーぷ! カカシさんが苛める!」
「……自業自得でしょ」
「私のヴァージン食べちゃったくせにー!」
「まだ言うか!」

 かくも恐ろしき関節技から解放されぐったりとベンチに伏す。きっと口から魂が半分くらい出ているかもしれない。それほど消耗するのだ、カカシのお仕置きは。
「マコトってさ、何がしたいの?」
「思い出作り。馬鹿なこと沢山やった方が今話の際の走馬灯が沢山流れそうじゃない?」
 あの狭いアパートでパソコンに齧り付いて引きこもっていたマコトは死んだのだ。
「……もう死ぬときのこと考えてるの?」
「私、二十歳の誕生日か、百歳の誕生日に死にたいんですよね」
「ネガティブなのかポジティブなのか判らない願望だね」
「ニューネガティブって呼んで下さい」
「何そのニューハーフ的なネーミングセンス」
「つーか今はマコトじゃなくてインなんですけど? 何、仕返し? ……ちっさ」
「……」
 失言により本日二度目のお仕置きは、思い出すのも恐ろしい密室でのマンツーマンでしたとさ。

「ギャー!!」
(色気のない悲鳴……)


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