透徹の暗渠
 生まれ変わったら戦時中でした――なんて、笑えない。
 謎多き『世界転生機構』の男に転生を強制執行され、この肉体の製造元である現在の両親は何とも信じがたいが忍を生業としているらしく、忍の何たるかを知らなくても会話の端々から何となく正体が知れた。そしてそんな両親も戦争に行ってしまった。
 そこかしこに主張する『団扇』に似た家紋。『イタチ』と言う名の兄。総合的に見て、ここは『NARUTO』の世界で、マコトは『うちは』一族だった。
 そう、兄のイタチはあのイタチだった。弟は殺せなくとも両親は殺せる男。里のために一族を殺しまくった男。この物語において、ある意味で最も残酷な男。
 転生した初っ端から死ぬことが決まっているとかあり得ない。前の世界を強制的に追い出された身としては、知っているかも知れない未来を甘んじて受け入れることなど出来なかった。
 そして出会ったのだ、あの男に。

 前の世界では一人っ子だったため、兄と言う存在も兄妹と言う関係性も新鮮だったが、月日が流れれば馴れてしまい、四六時中他人が傍にいることの煩わしさが限界に達した。
 二人きりでは意識が自分に集中するのは仕方がないことで、イタチなりに幼い妹に寂しい思いをさせないようにとの配慮だと頭では解ってはいるが、生来一人でいることが多かった自分には戸惑いとありがた迷惑がごちゃ混ぜになった複雑な心境で、結局向き合うことを放棄した。
 ――くっ、許せイタチ……!
 ある程度の活発な動きや言葉を話せる年齢になったのをいいことに、イタチの目を盗んでは侵入した忍術書などが保管されている倉庫でひたすら練習してこっそり習得した影分身の術(なぜ禁書指定の巻物があったのかは言及しない)により作りだした分身体を家に残して、今日も今日とて呑気に山林をふらついていた。
 長閑と言うか平穏と言うか、今頃家じゃあ分身体はげんなりしてるんだろうなぁ、と苦笑いを浮かべつつ、お気に入りの大木の根元に腰をおろして倉庫から拝借してきた忍術書を開き――そして閉じた。
 ――……こんなもの解るかボケが!!
 イライラと本を閉じて『時空間忍術』と書かれた表紙の隅に小さく収まる『超高等』の文字を睨みつける。『世界転生機構』の男が言っていた、
「ファンタジーを制する者が世界を制する――あなたが望みさえすれば、世界はあなたの色に染まり如何様にも変化するのです!」
 その言葉を信じて実際にファンタジーを制してみた結果、この系統の能力がよいのではないかと辺りを付けたのだが、はっきり言って理解不能だった。一般人に学術書が理解できるかと言ったら、それは否である。
 本に罪はない。ただ『特典』で頭が良くなっていることを勝手に期待した自分が悪いのだ。二次創作の読み過ぎであることは否定しない。
 悶々とチャクラとはなんぞやについて別の本(初級)と睨めっこをしてしばらく、はたと自分を見下ろす視線に気が付いた。
 努めて顔には出さなかったが、心臓は破裂しそうな勢いで脈を打ち、手に持ったまま一向にページが進んでいない本の表紙が自分の汗ばんだ手でふやけていくのが判る。
 何!? 誰! 何なの!?
 緊張とパニックで凝り固まった身体が粗相をしないように叱責し、目の前に立つ人物を視覚以外の全感覚で探った。
「――うちはの者か?」
 そう声をかけられてしまっては面(おもて)を上げないわけにはいかず、さも今気付きましたと言わんばかりに弾かれたように顔を上げ、愕然とした。声をかけてきたのは何と、かの悪名高き『うちはマダラ』だったのだ。『木ノ葉隠れの里』創設者の一人にして、『うちは一族』創始者の一人。物語を通しての黒幕。所謂ラスボス。
 ――長髪ー!!
 そこかよ! とツッコミが入りそうだが、今のマコトに正常なリアクションを求めてはいけない。
 右目の部分だけくり貫かれ、渦を巻く途中のような模様が配された独特の面。
 以前のマコトなら悶絶して喜んでいただろうが、生憎と妄想を現実に持ち込む趣味はない。例えそれが元『二次元』の現『三次元』であっても現実は現実だ。
「まぁ、一応……」
 返答を絞り出しつつ瞬間的に様々なシチュエーションが脳裏に去来し、シミュレートするが役に立ちそうなマニュアルが一つも用意できない。
 かつてはその重厚感のある声質に惚れ惚れしていたが、今では不吉な死神の声にしか聞こえなかった。
 直視しないように視点と焦点を僅かにズラす。
「その曖昧な物言い、随分と子供らしくないな」
「……はぁ、どうも済みません」
「もうそんな本が読めるのか?」
 マダラの目が風呂敷の上に乱雑に置かれた本や巻物を一通り嘗める。
「まぁ、読めるだけですけど……(何だっていいから早くどっか行ってー!!)」
 自分の不運を呪えばいいのか、髪の毛を掻き毟りながら泣き喚きたい気分だった。
 水影のやぐらはどうしたんだとか、何でこんなところにいるんだとか、色々聞きたいが聞いた瞬間あの世行きは否めない。
 伊達に腐っていたわけではないし、作品別の傾向だって把握していたつもりだ。
 この世界で『転生者』が『森』に『一人』でいて、立たぬフラグがあっただろうか?
 それを失念してこんな軽率な行動をとった自分は、真性の馬鹿なのかも知れない――この時初めてそう強く思った。
 メインキャラとお近付きになれる素質も要素も器量もないのだとの自覚がある。例えるならば『紙面のとある一コマに後頭部だけ出演する』そんなモブでも充分満足だし、それこそ分相応だとも思っている。
 だのにどうしてこんなことになったのだろう。望んで『うちは』に生まれたわけではないのに、世界が自分に死ねと言ってるとしか思えない。
 きっとイタチにお座なりなことをして、ぞんざいに接した罰なのだ。
 後悔に満ちた心の内など露知らず、マダラは意外なことを口にした。
「――オレが教えてやろうか?」
「はぁ……え?(キタコレー!!)」
 願ってもない申し出ではあった。が、
「何で?」
 眉間に皺を寄せて怪訝を隠そうともせずにマコトは言った。
「そう警戒するな。強くなりたいんだろう?」
「いや、強くなりたいっつーか何ちゅーか……」
 斜め下に視線を彷徨わせながら口ごもる。
 強くなりたい――その言葉に引っかかりを覚えた。何に対して強くなるのか、どんな動機で強さを求めるのか、ただ漠然とそうしなければいけない気がしていただけなのだ。
 そもそも『強さ』とは?
「意味も動機もない行動は実を結ばない」
 まるで引き籠もってはネットの世界を徘徊し、濁った意識を撹拌させたまま、ただあのアパートで生きていたマコトを切りつけるような、そんな鋭い言葉が胸の奥まで突き刺さる。
 叱られているわけでもないのに頭は自然に俯き、追い立てられるように思考するが言葉になるものは一切ない。
 何か言わなければいけない。でも何を?
「……自分の求めることすら判らないのか」
 興味をなくしたように呆れ気味に呟いて、マダラは森の奥へと姿を消した。
 胸の奥でちりちりと焦げ付くのは悔しさなのか、図星を指されて激昂する寸前の情けなさなのか、けれども多分、「何がしたいの?」と問われて「分からない」そう答え続けた結果があの高校生活だったのだとしたら、ここで逃げてはまた昔のように時間を浪費するだけの人生がマコトを待ち受けているのだろう。
 風呂敷に本や巻物を包みなおしながら考える。
 夢主達は大抵目的があったように思う。誰かを救いたいとか立派で崇高な、到底真似出来ない理由が割を占めていた。
 だがそんな器量のない自分は、何を目的にすればいい?
 腕に抱えた風呂敷が、持って来た時よりもずっしりと重く感じた。

 倉庫に戻り本や巻物を元通りに片付けていれば、挨拶代りに軽く手を挙げた分身体が現れる。
「おっつー」「お疲れちゃーん」「……イタチどう?」「駄目、べったりで。自分の目の届くところに私がいないと気が済まないみたい」「まァ、仕方ないか。ミコトさんに目離さないように言われてたみたいだし」「デスヨネー」「今日の夕餉、ネギ焼きだって」「マジでか、ナイスだな」「そろそろ戦争も終わるだろうし、サスケが生まれるまでの辛抱だぜ私」「オーライ私」
 分身体と共に溜息を一つ吐くと、分身体は薄煙を残して消え、マコトは倉庫を後にした。
 本当ならばマコトもイタチも集落で一番大きい道場で他の子供達と一緒に集団生活しなければならないのだが、大勢の人と暮らすストレスにマコトが耐えられずに体調を崩し、自宅に帰っていた。
 居間に続く廊下の曲がり角を曲がった途端、マコトを衝撃が襲った。
「マコト! 急にいなくならないでくれ」
 抱き竦められ、耳元で聞こえるボーイソプラノ。普段は感じない子供特有の甘い臭いが鼻腔に届く。
「……れでぃーなんだからおてあらいくらいひとりでいかせて」
 拒絶されると人間は傷つく。それを知っているので流石に振り解きはしないが、じんわりと伝わってくる他人の体温に安らぎは覚えない。
「ごめん。でもオレの傍から離れるときは一言言ってからにしてくれないか」
「わかった」
 安堵と不安を抱く言葉に簡潔に答え、イタチの胸を押して腕の中から逃れる。
「イタチ。ごはんさめちゃうよ」
 数歩先を歩き、振り返ったマコトの表情は年相応のものだった。

「イタチはつよくなりたい?」
 親戚のせんべい屋の女将が世話をした夕食を食べながら、マコトはイタチに問いた。少しだけキョトンとした後考える素振りを見せ、
「なりたいよ。父さんや母さんやマコトを守れるくらい強くなりたい」
 芯の通った返答に、イタチはこの時からイタチだったのだなと思う。
 どうしてそんなことを聞くの、と首を傾げたイタチに、なんでもないよ、と子供らしい笑顔を向けた。
「おとうさんとおかあさんはやくかえってくるといいね」
「……そうだね」
 力なく微笑んだイタチに今度はマコトが首を傾げる。
 マコトはフガクとミコトが戦死するはずがないと、原作知識の裏付けがあっての発言だったが、それを知らないイタチにとっては、戦争で両親が死んでしまうかもしれない可能性を理解していない幼子の返答に困る発言だった。
 それきり会話もなく静まり返ってしまった幼い兄妹の食卓。マコトはひっそりとイタチの顔を盗み見る。 
 ――あー、メンドクサー。
 全てが嫌になって、投げ出して逃げてしまいたい。ぐるぐる絡まった思考がマコトの胃を締め付ける。
 気が重かった。どうして元いた世界を強制的に追い出された上に、こんな悩みの種ばかりが散乱した人生をスタートさせねばならないのか、納得できない。しかし、納得できないからと言って、いい加減どこかで開き直るか、吹っ切るか、腹を括るかしなくてはならない。
 悶々と食事を終え、悶々と風呂に入り、習慣としてイタチにお休みを言い、布団に入って悶々と考えて、明日また同じ場所に行ってみようと決心して眠りについた。

 夜露を残した朝靄が空気中の塵やら匂いを吸着しては地面に落とすのか、森の中は酷く清浄な空気に満ちていた。
 小川のせせらぎ、葉の一枚一枚その細胞一つひとつから立ち上る水気や、沢山の命を抱く土の匂い。森と言えば広葉樹の巨木ばかりが鬱蒼と茂るイメージだが、若い木々やその細い枝から射し込む陽光が眩しく、枝葉の間から木漏れる黄金色の梯子がオーロラのように揺れ、名前も知らない鳴禽の地鳴きが朝らしさに精彩を加える。
 そんな早朝にマコトはマダラを探して森を彷徨いていた。イタチが目を覚ます前に分身体を残して出てきたため、こんな朝早くになってしまった。
「やべー……緊張し過ぎて貧血起こしそう」
 葉が擦れる音を立てながら、草を掻き分ける。
 心臓が必要以上に鼓動していた。こんなに緊張したのは高校入試の面接以来かもしれなかった。
 マコトはことある毎に緊張しては血圧が上がり、ことが済んで安堵すると一気に血圧が下がり貧血を起こしては目を回していた。
 旅行や季節行事の前日は決まって緊張による寝不足で、バスや電車に乗ろうものなら酔いが酷くて一日中グロッキー状態。
 だが今回は乗り物酔いのリスクだけはない。
 人知れぬスキルアップを謀るために、公の場所には出られないその人物に師事する事ほど最適でこれ以上の好都合はない。
 何としてでも良い返事を貰わなければならなかった。
 イタチが見つけられたのだから自分にも探せるのでは、と思ったのが間違いだった。探せど探せど一向に見つからない。
 最早、空腹でお腹が切ないのか、緊張で胃がキリキリしているのか、自分では判別が付かない。
「はぁ……」
 米神から滴る汗を手の甲で拭い、マコトは近場の木に寄り掛かりへたり込む。
「くっそ、何処にいるんだっつーの『うちはマダラ』ァ!!」
 へとへとの身体で苦し紛れに叫んだとて、いらえは小鳥が枝から飛び立つ音ばかり。
 本当にいるのかもわからない人物を探して、危険を冒して森の中を動き回り、戦時中でどこに敵がいるか判らないのに大声を出す。
「ばっかじゃなかろうか」
 もう今日は駄目だ。気分がやさぐれてきた。気合を入れて早朝から歩き回ったのに、骨折り損の草臥れ儲けだ。帰って縁側でボーっとしよう。
 後ろ髪を掴ませてくれない運命の女神にぶちぶち文句を言いながら、ずかずかといい加減に歩いていた結果。
「ぅあ!」
 まずい、と思った時には身体はもう斜面を転がり始めていた。
 ふわっと浮遊感を感じた直後に水の中に真っ逆さま。まさにどんぐりころころだ。咳き込みながら必死に這い出る。
 どうしてこう、人間は服を着たままズブ濡れ鼠になると惨めな気がしてきて涙が出てくるのだろうか。
「こんなところで何をしている」
 そう声をかけてきたのは何と、探しに探し求めたマダラだった。
「マダラざま゙ー!!」
 飛びつく勢いで足場の悪い河原を駆け寄り、湧き上がる人恋しさとマダラに対する滾る思いを胸に、その足に抱きつこうとして、
「ぶへっ!」イカをアスファルトに叩きつけたような、前衛的な音がした。
 確かに寸分の狂いもなく足に抱きついたと思ったのに、何故自分は石ころと接吻しているのだろかと思案し、形骸化がどうのや実体化がどうのの話を、はたりと思いだす。
 地面から身体を引き剥がし起き上がると、片足に重心を置いて腕を組んだマダラに向き直って言葉で噛み付く。
「どうして実体化してくれないんですか!? 人でなし! 人非人!」
「汚い小娘が突進してきたんだから当たり前だ」
 悲しいかな事実なので反論できなかった。ちなみに汚いには涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃでずぶ濡れ泥だらけという状態が凝縮されている。
「お腹空いて疲れて転んで溺れかけて濡れ鼠で心細かったんだから仕方ないじゃないですか!? こちとらこの三歳児の身体を酷使してあーたを探し回ったんですよ!! 別にハグなんて求めてませんけど何もスルーする事ないじゃないですか!? マダラさまのばかー!」
「何故オレを探していた」
「弟子入り志願です!」
 二の腕は水平に、ビシッと敬礼すると、どこからか深い溜息が聞こえた。

「……帰れ。今なら記憶を消さないでおいてやる」
「いーやーでーすー!! マダラさまが『応』と言うまで引き下がりません!」


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