06
 夜叉丸の腕の中で大泣きして以来、妹の、我愛羅の所へはもうずっと行っていない。
 何度も足を運ぼうと思ったが、いざとなると身が竦んでしまうのだ。
 私の世界は何も変わらなかった。アカデミーに通い、教育係のバキについて弟のカンクロウと修行をし、我愛羅など初めからいなかったかのように、世界はスルスル滑らかに回り続ける。
 その事実にざまぁみろと思う反面、そう思ってしまった自分に吐き気がし、その程度の存在でしかない我愛羅を哀れんだ上で、実は自分もその程度なのだろうと予測をつけた。
「あれって我愛羅じゃん?」
 修行後のいつもの帰り道、カンクロウが顎でしゃくった先の公園で、ブランコに座った我愛羅の前に四人の男子がいきり立ちながら怒鳴っているのが見えた。
「おいバケモノ! お前が今何かしたんだろ!」
 しきりに上の方を指差しているその行動と怒鳴り散らしている内容から、自分達の不注意で高い場所にボールが上がって取れなくなってしまったのを、我愛羅の仕業だと決め付けて憤慨しているようだ。
 大方、最近流布している良くない噂を中途半端に聞き齧っての暴挙だろう。
 ……妹はそんな馬鹿馬鹿しいことはしない。ただ、見ているだけ。ただ、そこにいるだけ。
「バケモノのくせに生意気なんだよ!」
 ガラス玉のような無機質さで、ただ、見ているだけ。
 その温度差に何度も戸惑い悲しくなった。いつも我愛羅との間には、見えない透明の膜があったように思う。
 だけどもう、関係ない。自分と我愛羅の間には、もう、何の関係もない。
「いつもみたいに引き籠もってろよ!!」
 一際荒くなった声。一人が側にあった石を拾い上げて、投げ付けようとしていた。それなのに我愛羅は微動だにしない。
 守鶴の砂があるからと安心しきっているのか過信しているのか、はたまたそんなことすらどうでもいいのか。
 例え投てきされるのが石ころでなくて、手裏剣やクナイ、爆発物であったとしても、同じ態度をとるのだろう。
 それはとても命知らずで愚かで悲しいことなんだと、きっと妹は知らないのだ。
 ――もう関わらないと決めたのに……っ!
 扇子を手に弾かれたように地を蹴った後ろで、カンクロウが「しゃーねぇなぁ」と言ったのが聞こえた。
 噛み締めた顎の奥が、今度は酸っぱくならなかった。

 ――うっぜぇー……。何だこいつら。砂利がジャリジャリしやがって、砂にするぞコラ!
 私ボールに指一本、砂一粒ノータッチなんだけど、それでも私が悪いって言うのか? あ? 冗談じゃない。
 ……全く、何だってんだよ。久々に外の空気を吸いに来て、衝動的にブランコに乗りたくなっただけなのに。
 つーか、こいつらアレじゃね? 『彼』がボール取ってあげたのに逃げて殺されそうになってた……名前わかんないや。
 ハッ、マジふざけんな。内心ビビってるくせに、バケモノとか言って見下して、「弱い犬ほどよく吠える」がお似合いだぜジャリボーイズ。
 いい加減何の反応も示さない私に焦れたのか、もっさりポニーテールの男子が石を振りかぶる。
 いやいやいや、砂の盾があるから、そんなもの利かないからね?
 そんな感じで自分のことなのに傍観していた視界に、影が二つ乗り込んできた。
「お前ら何してるんだ!」
「生意気なのはテメーらじゃん」
 巨大扇子を広げるテマリと傀儡を構えたカンクロウが立っていた。
「……風影の子に手を出して、ただで済むと思ってるのか?」
 低い声でテマリが凄むと、ジャリボーイズはばつが悪そうに目を反らして顔を伏せ、それでいて不服そうに去っていく。
 そこにカンクロウがチャクラ糸で動かしたボールを落とし、ぽこんと一人にヒットした。うっし! と小さくガッツポーズをするカンクロウが振り返り言う。
「何で砂使わねーんだよ。お前ならあんな餓鬼ども一蹴じゃん」
 ――何で? どうしてこの二人がここにいる? 何故私を庇うようなことをする?
 疑問符ばかりが脳内に瞬く。
「何で……」
「あー……、何て言うかさ、私はやっぱり我愛羅の『お姉ちゃん』なんだ」
 身体が勝手に動いたんだよ、と照れくさそうに扇子をたたむ。いつか紙面で見た真夏の蒼穹のようなスカッとした笑顔だった。
「お、おい。何で泣いてるんだ」
 テマリがぎょっとし、戸惑いながら私をのぞき込む。
 ……泣いている? 誰が? 私が?
 目元に手をやれば確かにそこは水分を湛えていた。
「テマリが怖かったんじゃねーの」
「は? お前の目つきが悪いからだろ? ……そういうこと言って良いのか? 知ってるんだからな、お前が時々我愛羅の部屋の前で傀儡持ってうろうろしてたの、しかも二体!」
「ち、違うじゃん! あれは、その、人形遊びに付き合ってやろうと思っただけじゃん!」
「……人形の種類が違うだろ」
 テンポよくテマリとカンクロウの間を行き来する会話。
 何で自分がいるのにそんなに自然体なんだ?
 嫌われているのではなかったか? 疎まれているのではなかったのか?
 こいつらは誰だ。何だ。一体全体、何を企んでいる?
 じくりと微かに痛んだ胸の痛みに気付かないふりをして、突き飛ばすように二人の間を抜けて脱兎した。
「おい! ちょっ――逃げられたじゃん……」
 制止に伸ばしかけた腕の行き場がなく肩を落とすカンクロウにテマリが言う。
「……きっと大丈夫だ」
「何が?」
「『逃げられた』けど『無視』はされなかった。だから、きっと大丈夫」
 我愛羅が走り去って行った方を見つめるテマリの横顔は、カンクロウが今まで見たことないくらい『姉』の顔をしていた。

「いいかカンクロウ。我愛羅のことは警戒心が強い野生動物だと思うんだ。無理に近寄ったりしないで、向こうが近づいてくるのを待つんだ」


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