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 珍しい個体――我愛羅に対する守鶴の印象はソレだった。
 弄り甲斐のなかった前任者達奴等とは違って、生意気だし靡かないし、何より自分という尾獣を宿した人柱力だと言うのに、それを悲観している節が全くなかった。
 その上どうやら『前世の記憶』があるらしい。
 読み取れない部分もあるが、その前世では家庭環境に恵まれなかったらしく、生まれた時から心は罅(ひび)だらけ。普通の赤ん坊が備える『無垢』というガードがない分付け込み易かった。
 余計な記憶がなければ今頃幸せな人生を送っていただろうに……。そんな憐みの心がない訳ではなかったが、わざわざそれを教えてやるほど守鶴は親切でもなく優しくもなく正しくもなかった。
 それに、それでは全く面白くない。
 そんな勝手な理由で守鶴は常に我愛羅の心に介入してきた。気付かれないように少しずつゆっくりと、その精神を手中に収めていった。
 思い出したくない記憶には蓋をし、その蓋を開ける鍵は自分が握った。
 元々我愛羅が心の中に持っていた悲しみや絶望といった感情に故意を混ぜ込み、憎悪を生み出した。
 退屈が嫌い、つまらないことはもっと嫌い。愉しくなるのなら自分の存在さえをも利用してきた守鶴にとって、我愛羅は都合の良い玩具だった。
 我愛羅は自分のモノ。我愛羅を弄んで良いのも、傷付けて良いのも自分だけ。
 我愛羅は、尾獣という永すぎる生に飽き飽きしていた守鶴に与えられた、最高の玩具だった。
 九尾の人柱力の事を少なからず気にしている事には気付いていたが、尾獣というバケモノを宿した者同士、何か感じるものでもあるのだろうと、最初はその程度の認識でしかなかった。
 だが、どうやらそれだけではないらしいと、我愛羅から九尾の人柱力に向けられるソレが、感情とすら呼べないようなまだほんの小さなソレが、とても『特別な感情』になりえるモノなのだと気付いてしまうのに、そう時間はかからなかった。
 ――なんで、こんな餓鬼にッ……!
 しかも、選りにも選って最も嫌悪する九尾の人柱力に、己の一部である我愛羅をどうにかさせることなど、守鶴に許せるはずもなかった。

 目の前のカエルが忌々しい九尾に似た狐に化けたことで頭に血が上り、九尾の人柱力が我愛羅の所へ向かっていたことに気付くのが遅れてしまった。
 自分の中に取り込もうとしても間に合わず、我愛羅が目覚めてしまう。
『クソがッ……!!』
 急速に光が閉じて行く。暗闇との引力が、光との斥力が強くなる。己を封じているあの孤独な場所へ、戻されようとしている。
 永遠に位置の変わらない、貼り付けたように平坦な白い満月。どれだけ歩みを進めても白く浮かび上がる砂丘は遠いままで、辿り着く事はおろか近付けた事などこれっぽっちもなかった。
 どこからあるのかどこまであるのか、確かめることすら疾うの昔に諦めた己を縛る鎖。足元に薄く張った水には空の月と自分の姿がよく写った。
 その孤独な場所で、尾獣である自分を恐れることなく真っ直ぐに自分を見上げていた少女がいた。
 翡翠の玉を嵌め込んだような瞳は綺麗だった。深みのある紅い髪に胸の奥がざわついて仕方なかった。少女に名を呼ばれると、それはとても特別な響きに聞こえた。
 白と濃藍色の世界で見つけた、守鶴だけの色彩だった。
『……チクショウ』
 忌々しそうに、それでいて悔しさと淋しさが含まれた呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。

 ――少女にさえ。


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