22
「そんなに死にたいのなら、殺してやる……!!」
 普段の翡翠色ではなく守鶴のソレに変容した眼がサスケを捉え襲いかかった。何とか回避したものの、サスケが先程までいた巨木は大きく抉れ、薙ぎ倒された木々が土煙を上げた。
 バケモノかよ、とその光景にサスケは武者震いを感じながら、木の陰から我愛羅の様子を窺った。
「どうした? 何故逃げる? 私を見定めるんじゃなかったのか!?」
 姿を見せないサスケに向かって、苛立たしさを隠すことなく声を荒らげる我愛羅。
 瞳に写輪眼特有の巴模様が現れたサスケが木の陰から飛び出し我愛羅へと跳躍した。
 千の鳥の地鳴きに似た音と青白い光が明滅し、手に纏った千鳥が砂を切り裂きカウンターが決まるその瞬間、我愛羅は砂を触手のように周囲の木に伸ばして体位をずらし直撃を回避した。
「そんな未完成の写輪眼で、私をどうにか出来るとでも思っているのか?」
「チッ……」
 現時点で己の最高の忍術が躱されるという危機的状況にサスケは陥っていた。
 試合で一発目、先程ので二発目となると、もう千鳥を使うことは出来ず、あとは己の得意とする火遁や体術でどうにかするしかないのだが、五大性質変化に優劣関係がある以上、同等より大きな力で押し切らなければ意味がない。
 我愛羅の扱う砂は自分の火遁より恐らく上位で、試しに豪火球の術を放ってみるが鬱陶しそうに払われただけで効果はなかった。やはり千鳥しかないと、ヘタしたら死ぬぞとカカシに忠告されていた三発目を発動し我愛羅へと向かう。
 忠告されていた死は訪れず、これならいけると思った瞬間――、
「だからお前はその程度なんだ」
 すっと、場違いなほどに抑揚のない静かなその声が耳に入った。
 サスケ渾身の千鳥は四肢に砂を防具のように纏った我愛羅にあっさりと躱され、砂の尾がサスケを捉えて巨木へと叩きつける。
「ぐっ……!」
 全身を強く打ちつけられ、追い打ちをかけるように大蛇丸の呪印に蝕まれて動きの鈍くなったサスケを掴んで木に押し付ける。掠れた呻き声と力ない手が守鶴の砂に覆われた我愛羅の腕を掻く。
「状況も、心持も、何もかもが中途半端。切り捨てることでしか保てない憎しみなど、何の意味もない」
 淡々としていながらも、悪意を鼓膜に捻じ込むように我愛羅が言う。
 ゆっくりと、甚振るように我愛羅は砂の力を強めていった。サスケの骨が軋んで叫びを上げ、肺が圧迫されてままならない呼吸が気道にもつれる。
 嗜虐的な笑みが我愛羅の口角を釣り上げた瞬間、その気配を察知して飛び退いた我愛羅の頬にちり、と何かが掠る。
 見遣った先には金色の髪が揺れ、サスケの傍にはサクラとカカシの忍犬が辿りついていた。
「……そう何度も殴られてやると思うなよ……」
「へっ、そうやって怒ってる顔の方が、すましてるよりよっぽどいいってばよ!」
 試合の時でさえ見せなかった、我愛羅の明らかにキレた目を向けられていても、ナルトは怯むことなく不敵な表情を崩さなかった。

 ――あぁ、ほんっとウザいなぁ……。
「ぐはっ!!」
「サスケくん!!」
 カカシの言いつけを守らずに勝手に自爆して呪印の餌食になっているのに、サクラもナルトもカカシの犬も、私にそういった目を向けてくるのはお門違いというものだ。
 ナルトに砂時雨を打ち込みながらサスケの所へ向かう。立ちはだかったサクラの表情に無性にイラっとしたため、少しばかり加減を間違えてしまったかもしれないが、手っ取り早く昏倒させてそこら辺の木に磔にし、サスケを砂で覆っていく。
「もう終わりか? うちはサスケ」
 死にたくなければ失せろとちゃんと言ったのに、それを聞かずに向かってきたのだから、始めた責任は贖ってもらう。
「っ、やめろ我愛羅……!」
 よろよろとナルトが立ち上がる。
「これ以上、ちっとでもオレの仲間を傷付けてみやがれ! ぶっとばすぞ!!」
「なら何故突っ立っている?」
「くっ……」
 草隠れの忍がどうなったのか思い出しでもしたのだろう。焦りの色濃くナルトは言うが、口に出す余裕がある時点で、その程度の言葉に何の意味がある? これ見よがしにサスケとサクラの砂の力を強めてみせれば、ナルトが印を切りお決まりの多重影分身を大量に出してきた。
 サスケのことも適当な木に磔にし、私も砂分身を出して相殺に相殺を重ねるが、はっきり言って埒が明かない。あちらこちらで砂が弾け、影分身が消える音と煙が上がる。
『――どうするんだ我愛羅? お前がさっさと殺らねェから、九尾の餓鬼まで来ちまったぜ?』
 ぬるりと現れた守鶴がニタニタと嘲笑うように覗き込んできた。
 まぁ、この世界の成り立ちからして、どう足掻いた所で『我愛羅』は『うずまきナルト』に勝つようには出来ていない。だがそれが何だ? 私は『彼』とは違う。
 まっすぐに空色の瞳を向けてくる、本体と思しきナルトに目を向けた。
「サスケはもうどうにでもなる。あとはアイツを片すだけだ」
『……とか何とか言っちゃって、お前ホントは、殺る気ねェだろ?』
 その言葉に驚いて守鶴に目を向けると、今まで見たことがないほどの壮絶な笑みを浮かべていた。いつまでも『イエス』を言わない私に焦れたのか、それとも気に入らない何かがあったのか、抵抗すら出来ずに瞬く間に意識が守鶴の怒りに赤黒く塗り潰されていく。
 覆うように守鶴はその大きさを増し、私が最後に見たのは、大きく開かれた虚ろな口だった。

 森の中で対峙する我愛羅の砂分身が突然一斉に消え、残った本体が砂で身を包みはじめた。
 何が起こっているのか分からないが、それがとても『やばい』ことなのだということだけは粟立つ肌で感じていた。
 ナルトは親指の平を噛み千切り、自来也に教わって程ない口寄せの術を試みる。
 半被を着た巨大な蝦蟇――ガマブン太が出現するのと、我愛羅がその姿を小山のような巨躯を持つ異形のバケモノに変えたのは、ほぼ同時のことだった。
「ガマオヤビン頼む! オレと一緒に戦ってくれってばよ!!」
「……嫌じゃ! 何でワザワザわしが……」
「何でェ!? 子分が困ってんの助けてくれんのが、親分ってもんだろーが!」
 守鶴の攻撃を避けながらも協力を渋るガマブン太にしがみつき、ナルトは必至で言いつのる。
 助けたい仲間がいること、その仲間を守りたいこと、それとは別に、今戦っている相手――我愛羅に抱く形容し難い感情の正体を知りたいこと。
 言葉を重ねるにつれて、段々と自分が何を言っているのか、何を言いたかったのか良く分からなくなっていたが、感情だけで紡がれたナルトの赤裸々で支離滅裂な吐露にガマブン太は律義に耳を傾けていた。
「まァ、そう言うんは……嫌いじゃねェのォ……!」
 一体何がガマブン太の琴線に引っかかったのかナルトには分からなかったが、杯を交わしておらずとも今回は特別だと、いつの間にか協力してもらえることになっていた。
「オヤビン! どーすりゃいい!!」
「とりあえずはのォ! あの霊媒をどつき起こせ!! おそらく術が解ける!!」
 守鶴の額にぐったりとした様子で半身が埋まる我愛羅を見やった。
「……どうすれば近付けるんだってば!?」
「蝦蟇のワシにゃ牙も爪もねーけんのォ……お前はワシの意志になって印を結べ、ワシの口寄せでお前にチャクラはもうありゃせんのじゃろ!? コンビ変化じゃ! ワシがチャクラを貸しちゃる!!」
 時は一刻の猶予もない。急かされるままに脳裏に描いたのは、ライオンでも虎でも狼でもなく、狐だった。
 変化が為ったのと同時にガマブン太は守鶴に鋭い爪で掴みかかり牙で齧りついた。その爪牙で守鶴を抑えている隙にナルトは一直線に我愛羅の元へ向かった。
「我愛羅起きろ!」
 意識がない我愛羅の肩をナルトは思い切り揺さ振った。しかし力なく揺らされるだけで目を覚ます気配がない。そうこうしている間にも額にいる我愛羅をナルトが叩き起こそうとしているのに気が付いたのか、守鶴が取り込もうとしていた。
「起きろって、言ってんだろ……!!」
 ナルトが全力で我愛羅の腕を引いた瞬間、ずるりと身体が抜けた。その勢いのままに、思いっきりナルトと我愛羅の額が鈍い音を立ててぶつかった。


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