南南東の方へ
※テマリ料理下手設定

 我愛羅が任務から帰ると、姉のテマリが台所で何やら奮闘していた。
「あ、我愛羅お帰り」
 そう言って我愛羅に笑顔を向けたテマリの顔や髪には、少なからず付着する白い米粒。
 調理台の上には寿司桶の中の山のような酢飯。その酢飯でくっ付いて使えなくなったのかぐしゃぐしゃに丸められた海苔。所々黒い焦げが混じる厚焼き玉子。一体どういう切り方をしたのか経緯不明な大きさの揃っていないキュウリ。包装から取り出すのに失敗したのだと思われる潰れたカニ風味かまぼこ。千切れたかんぴょう、飛び散る桜でんぶに溢れたとびこ。その他諸々。
「……ただいま」
 この季節だ。何をしているのか何となく想像はついたが、我愛羅はあえてテマリには何も言わずに台所を後にし、居間のソファーに横になり、我関せずといった体で雑誌を眺めている兄のカンクロウに尋ねた。
「テマリは何をしているんだ?」
「……昼頃に帰ってきてからあの調子なんだよ」
 雑誌に目を向けたまま言うカンクロウは余程関わりたくないのか、単に呆れているだけなのかよく分からない態度だった。
 我愛羅は台所に戻り、奮闘中のテマリに聞いてみる。
「何をしているんだ?」
 テマリは『よくぞ聞いてくれた』と言わんばかりの表情で勢い良く振り返った。
「これは恵方巻って言ってな、木ノ葉で最近流行ってるらしい節分の食べ物だ。縁起物だぞ。作り方聞いてきたから一緒に食べような」
 木ノ葉、その単語を聞いた瞬間、我愛羅の脳内には瞬時にこの台所の惨状に至る経緯が閃いた。
 ――シカマル……その頭脳でこうなるとは予想出来なかったのか?
 遥か彼方の隠れ里にいる友人に、恨み事を言いたくなった。
 木ノ葉でのことを思い出しているのだろうか、楽しそうにしている姉に我愛羅は何も言うことが出来なかった。しかし一体どんな恵方巻きが出来上がるのかと楽しみにしていると言うよりは、テマリの料理の腕前を知っているからこそ、不安気な表情を浮かべていた。

 それからしばらくして出来上がったのは、海苔から酢飯がはみ出して半ばカリフォルニアロールになりつつある恵方巻きだった。しかも極太の。意図してなのかその不器用さゆえか、通常の太巻きとロールケーキの中間くらいの太さになっていた。
「ちょ、ちょっと失敗しちゃったけど、味は大丈夫だ! えーと、今年はこの方角だから……」
 方位磁石を見ているテマリに悟られぬように、我愛羅とカンクロウは皿に乗った恵方巻きを見ながら「ほんとに食うのか?」「……諦めろ」と目だけで会話していた。
「いいか、食べてる間は話したらいけないらしくてな。願い事を思い浮かべながら無言で食べるんだぞ」
 そう言って意気揚々と恵方巻きを食べ始めるテマリに続いて我愛羅とカンクロウも食べ始める。

もぐもぐもぐもぐもぐもぐ
もぐもぐもぐもぐもぐ

 丸齧りしようにも太過ぎて口に入らないずっしりとした恵方巻きを、壁に向かって三兄弟は黙々と食べ進める。

もぐもぐもぐ
もぐもぐ
もぐ……もぐ……
もぐ……
も……

 三分の一ほどは食べ進めた我愛羅だったが、おもむろに恵方巻きを皿に置いた。
「……流石に多いな」
 用意していた緑茶をすするとほっと一息つく。 満腹なのかさり気なく胃の辺りをさすっていた。
「ああっ、ダメだろ我愛羅! 食べてる途中で喋るな!」
「人の事言えんのかよ……。だいたいよ、いくら太巻きつったって、太過ぎじゃん!? それにオレのだけおかしいだろこの量!!」
 カンクロウが訴えるように持つ恵方巻きは、テマリと我愛羅が食べていたものよりも一回り大きかった。もはや黒い鈍器。どれほどの酢飯と具材がこの中に詰め込まれているのか考えるのすら恐ろしかった。
「恵方巻きは太巻きなんだから、太いもんなんだよ」
「限度ってものがあるじゃん!」
 きりっと言い放つテマリにキレ気味のカンクロウ。言い合いを始めた姉と兄をよそに、思案気な顔で食べかけの恵方巻きを見ていた我愛羅が何か思いついたのか台所へ行く。
「太くない太巻きは太巻きじゃな――って、何してるんだ我愛羅!?」
「見て分からないのか? 食べ易いように切っている」
 我愛羅が持ってきたのはまな板と包丁と絵付が美しい大皿。濡らした布巾で包丁を拭きながら一つずつ丁寧に切っては皿に並べていく。
 それだけで黒い凶器は華やかな大皿料理に変身する。
「せっかくテマリが作ってくれたんだ。縁起物とはいっても食べ物は美味しく食べるのが一番だろ」
 別の皿に避けておいた、自分が食べていた方の端を我愛羅はつまんで食べる。
「ん、美味しい」
 そんな妹の様子を見て、
「まぁ、そうだな」
「我愛羅の言う通りじゃん」
 テマリはカンクロウの口へ恵方巻きを押し込むのをやめ、カンクロウは助かったとテマリの死角で我愛羅に親指をぐっと立てた。
 その後ただの太巻きパーティーになったのは言うまでもない。


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