20
 サスケのことはカンクロウに任せ、ようやく見付けた森にはない色彩。
 木の根元に自分を抱き締める様にして我愛羅が蹲っていた。
「我愛羅! 大丈夫か!?」
 テマリの声に反応して上げられた顔は元々色白ではあったが血の気が引き蒼白になっていて、額には油汗が浮かんでいた。身体は小刻みに震え、短く苦しそうな呼吸を繰り返す。
 守鶴の副作用のせいだろう、目に見えて判る程に我愛羅は憔悴しきっていた。
 虚ろな瞳がテマリを捉えた後、巡らせるように瞳が微かに動き『もう一人』を探しているのだと思った。
「カンクロウは、うちはサスケの足止めをしている。――我愛羅。すぐに他の追手が来る、今の内に里へ戻るぞ」
「っ、さわるな」
「こんな状況で、何言ってんだ……!」
 歯噛みした奥歯がぎちりと鳴った。相も変わらない妹の身勝手さに向かっ腹が立ったが、状況は一刻の猶予もなかった。
「そんな状態で動ける訳ないだろ!?」
 我愛羅は身体に触れられるのを嫌う。テマリはその事を重々承知していたが、今はそんな事に気を使っている余裕はないのだ。
 力の籠っていない腕で――恐らく力が入らないのだろう――押し返してくる我愛羅の腕を掴むと、テマリは自分の首に回すようにして肩を貸す。
「今はとにかくここから――」
「!!」
 強引に立たせようとしたその瞬間、我愛羅が弾かれたようにテマリが来た方向を見た。
 幼い頃から暗殺者に狙われ続けたせいで常用するようになってしまっていた砂の物理感知が、追手の存在を知らせたのだろう。
 先程まで力なく蹲っていたのが嘘のような力でテマリを振り払うと、翡翠色の瞳でその方向をじっと睨み据える。
「……、我愛羅――」
「向うへ、行ってろ」
「え?」
「――向うへ行けと言っているのが、聞こえないのか?」
 我愛羅から漂い始める剣呑な雰囲気、念を押すように言われた言葉の言外に含まれる不穏さ、それ故の強制力。
「わ、分かったよ……」
 本音を言うのならば、テマリは我愛羅が追手と遣り合うのには賛成できなかった。
 今の我愛羅は普通の状態ではないのだ。何が起こるのか見当もつかないし、下手をすると守鶴が出てきかねない。
 かと言って、我愛羅をどうにかできるような力はテマリにはなかった。
 一瞬、ここに父である風影がいてくれたらと思ったが、木ノ葉にいる人間を頼ったところでそれは詮無い事だ。
 テマリは自分の事など眼中になくなった我愛羅の傍からそっと離れ、妹の姿を視界に留めておける木の茂みに身を隠した。

「――やっと見つけたぜ……。てめーら砂が何企んでるかは知らねーが、お前はオレが止める」
「死にたくなければ失せろ、今度こそ殺す……!」
 程なくして現れたサスケを威嚇するように、我愛羅から不穏な気配が漂い始める。守鶴の砂が右腕を覆い、我愛羅を異形のバケモノへと変えようとしていた。
 器からはもう『何か』は溢れ始めていて、決壊しそうになるギリギリのところで必死に耐えている状態だった。
「ハッ、ふらふらのくせによく言うぜ!」
 我愛羅が睨み上げる先に立つのは、『初めて』見た時から無性に気に食わなかった存在。
 指先が白むほど強く身頃を掴み、荒い呼吸を繰り返す。侵食されていくような頭の痛みで、視界が白飛びしそうになる。
 そんな状態だからか、口を突いて出てしまったのは、『彼』なら絶対に言うはずのないことだった。
「何も知らないクソガキが……」
 決して大きな声ではなかったが、その絞り出すように力のこもった声は十分にサスケに届いてしまう。
「何だと?」
「……そのままの意味だ。守られ与えられている事にも気づかずに、自分一人で生きている気になっている、ただのクソガキが『ククッ、まるでどこかの誰かさんみたいだな?』うるさいっ……!」
 我愛羅が何もないところへ拳を振るう。混じって聞こえたのは試合中と同じ聲で、虚空を睨むその姿にサスケは違和感と気味の悪さを覚えた。
「……何なんだてめー、試合中といい一人でブツブツ気色悪ぃ……。丁度いい、お前が何なのかついでに見定めてやる」
 少しだけ背筋が寒くなったが、それを振り払うようにサスケは全神経を使って我愛羅に注視した。
 脳裏によぎったのは、岩場での修行中に現れた我愛羅の悠然とした姿だった。


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