19
「クソ、見失った……! どこに行ったんだ我愛羅の奴!」
 右を見ても左を見ても、どこを見回してもあるのは木々ばかり。木ノ葉を出るまでは確かに見えていた後ろ姿はどこにもない。
 形跡もなければ痕跡も見つからず、もはやテマリが我愛羅を探し出すのに頼れるのは、忍としての経験則や姉としての勘だけだった。
 それにしてもなぜ我愛羅は砂隠れの里とは反対の方向へ向かっているのだろう。
 方向を見失っているのか? まさか、あの我愛羅に限ってそれはないだろう。
 里とは反対の方向へ向かっているということは、とどのつまり里の方向が判っているということになるのだから。
 砂隠れ(ホーム)から遠ざかっているということに少なからず不安を覚えつつも、今の自分に出来ることは一刻も早く我愛羅に追い付いて、バキの言う通りに砂へ退くことだった。
「どうした? 行くぞカンクロウ」
 こうしている間にも我愛羅はどこかへ行ってしまおうとしているのに、弟は何をぐずぐずしているのだろう。
 焦るテマリとは裏腹にカンクロウはその場に足を止めたまま動き出す気配がなかった。
「……追う必要があるのかよ」
 そして苛立たしそうに、そう呟いた。
「あいつは作戦ぶち壊した挙句に勝手にどっか行っちまったんだぞ!? 連れ戻したところで、っ……このまま、見付からない方が――」
 すべてを言いきる前にテマリに殴り飛ばされ、カンクロウは最後まで言葉を続けることができなかった。
 吹っ飛んだ衝撃で尻餅をつき、痛む頬をおさえてテマリを睨み上げる。口の中が切れたのか、少しだけ血の味がした。
「何すんだよ!」
 なぜ自分が殴られなければならないのか理解出来ず、ぎちり、と歯噛みし食ってかかった。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「……だってよ……」
 テマリの本気の怒りを感じ取りカンクロウの声が小さくなる。我愛羅からの「逃げ」を正当化しようとする言葉は続かなかった。
 テマリにもカンクロウがそう言いたくなる気持ちは痛いほど解る。
 我愛羅はそれだけ勝手なことし、それによって振り回されている者達には必要以上の死の危険が降りかかるのだ。
 それでも、我愛羅を追わなくてはならない。テマリはそう心に決めていた。
「カンクロウ、我愛羅がああなった日を覚えてるか?」
「……アレは忘れたくても忘れらんねーよ」
 ああなった日とは我愛羅が大規模な暴走を起こした日のことだった。
 それまでも砂が我愛羅の機微に過剰反応を起こし、誰かを傷付けたり物を壊すと言った小さな暴走がない訳ではなかったが、あの時はそれまでの比じゃなかった。
 未だに思い出しただけでも寒気がするのだ。
 避難途中で見てしまった、妹の見る影もない砂色の醜い異類異形の「バケモノ」の姿。
 避難先まで響く轟音に怯え、耳を塞いでも聞こえてくる人間ではない何かの聲に誰もが恐怖した。
「我愛羅が戻って来て私達の前に現れた時、私は前と同じように接する事が出来なかった。伸ばされた手を、振り払ってしまった……」
 テマリはその瞬間を思い、幼い妹の手を払った感覚が今でも残る手を見つめた。カンクロウを殴り飛ばしたまま硬く握っていた拳が解かれ小刻みに震える。
 悲痛と絶望、力なく降ろされたあの白い手が忘れられなかった。翡翠色の瞳から温度が消えていくのを一番近くで見ていた。
 夜叉丸は何も言ってはくれず、そして我愛羅は、ただすべてを諦めた。
 今更言っても詮無いことだと、誰に言われなくとも解っているが、今なら分かる。今だからこそ判る。
 あの手だけは振り払うべきではなかったのだと。
「っオレはもう御免だ! あんな危ない奴の面倒なんて、もう見てらんねーじゃん!」
 その言葉にテマリがカンクロウに掴みかかる。
 乱暴に襟を掴まれまた殴られるのかとカンクロウは目を瞑って歯を食いしばったが、いくら待っても衝撃は来ず恐る恐る瞼を開くとテマリは襟を掴んだまま顔を伏せていた。
「あの子はっ……我愛羅は『私』や『お前』だったかも知れないんだぞ!!」
「……どういう事だ?」
 こんな時にあの話を伝えても混乱するだけかもしれない。
 けれどカンクロウも知っておくべきだ。否、砂隠れの忍として、風影の子として、知らなければならない。
「砂の化身である守鶴を憑依させる実験が、我愛羅だけに行われたとでも思っているのか? 私達だって風影の子だ。我愛羅だけが、試されたと思うのか?」
「まさか」
「そうだ、私達は偶々適合しなかったからこうして普通でいられるんだ。私やお前が、ああだったかもしれなかったんだ」
「っ――何だよそれ……!」
 テマリがこの事を知ったのは本当に偶然だった。
 何日も何日も偶然を呪い、我愛羅の、妹のことを考え続けた。
 意を決して父親である風影に事実かどうか尋ねたのだが、風影は何も答えず、しかし逆にその態度で事実なのだということが嫌でも解らされた。
「じゃあテマリはその負い目であいつに構ってたのか?」
「っ違う、違う、そうじゃない!」
「何が違うんだよ!」
 カンクロウの言う通り、始めは負い目や憐れみからだった。
 だが意識的に接してみて分かったのは、我愛羅は何も変わっていないということだった。
 食べ物の好み、癖、ふとした仕草……何も変わってなどいなかった。
 変わったのは自分を含めた我愛羅を取り巻く、世界の方だったのだ。
「私は、私達は、三人で兄弟なんだ……。だからっ、もうあの子を独りにしちゃ駄目なんだっ!」
 自分達だけは我愛羅から離れて行ってはいけない気がした。
 伝えたいことは何一つ伝わらなかったかもしれない。
 カンクロウをいたずらに混乱させただけかもしれない。
 それでも言いたいことは言ったし、これでカンクロウの態度が変わらないのならそれはそれで仕方がないことだし、誰にもカンクロウを責める資格はない。
 カンクロウの襟から手を離し、立ち上がってテマリは我愛羅が消えたであろう森の奥を見据えた。
 この森の先に妹がいる。ただの勘でしかなかったが、不思議と絶対的な確信があった。
「お前は木ノ葉の忍に捕まらないうちに早く里に帰れ」
「テマリは」
「我愛羅を追う」
「あいつには、大きなお世話かもしれねーじゃん」
「それでもだ。……私はもう我愛羅の、妹の手を振り払ったりしない。我愛羅が私を見ようともしないのなら、ブン殴ってでもこちらを向かせる」
 テマリの横顔は、カンクロウが久々に見る「姉」の顔だった。
 カンクロウの我愛羅との思い出と呼んでいいのかも分からないような些細な記憶は、決して嫌なものばかりではなかった。
 勿論恐ろしい思いも沢山したが、我愛羅がバケモノであるが故に任務で助けられたことは何度もあるし、記憶の中の幼い妹は良く笑っていたように思う。
「……しゃーねぇなぁ」
 殴られた衝撃でずり落ちていた傀儡を背負い直し、地を蹴ったテマリの後ろにカンクロウが続く。
 その時だった。風切り音と共に複数のクナイが二人に向かって投擲されたのは。
「カンクロウ! 使うな避けろ!」
 傀儡を構えそうになっていたカンクロウを制し、テマリが巨大扇子でクナイを薙いだ瞬間、付けられていた起爆札が一斉に爆発した。
「チィ……!」
 扇子を盾にして爆風を防ぎ、爆発が収まるのと同時に風を起こして粉塵を吹き飛ばす。
 土煙が晴れるにつれてクナイの投擲者の姿が顕わになる。
「逃がしゃあしねーよ!」
 テマリとカンクロウの行く手を阻むように立っていたのは、我愛羅の対戦相手だった、うちはサスケだった。
 行く手を遮るサスケをカンクロウは厳しい表情で睨んでいたが、覚悟を決めた様に顔を引き締める。
「テマリ、先に行け」
 カラスを背から下ろしながら隣で表情を強張らせていたテマリにそう言った。
 この場で優先されるべきは我愛羅に追いつくことだ。
 二人掛かりで相手をすれば確実にサスケを沈める事が出来るだろうが、そんな余裕はない。
 テマリもそれを解っているからか、一瞬何かを言い淀むも素直に頷き構えていた扇子を背負うと踵を返した。
「我愛羅のことは頼んだぞ」
「ああ……」
 テマリが枝を蹴り木々を跳躍する音が遠ざかって行く。
 傀儡に巻かれていた布が解かれチャクラ糸を繋ぐとカンクロウはカラスを構えた。
「しょーがねーじゃん……お前の相手、オレがしてやるよ……!」




140427:加筆


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