Melty Kiss
 午前中に行われた『風影様の手作りチョコ争奪ジャンケン大会』も大盛況に終わり、そのお祭り騒ぎが嘘のように砂隠れの里は平素の静けさを取り戻していた。
「ナルト、お前は先に帰ってもいいんだぞ?」
 執務室で書類に目を通しながら、我愛羅は応接用のソファーに座るナルトに言った。ナルトが砂隠れに来ると事前に聞いていたのなら午後はフリーにしておいたのに、当日になって来ちゃいましたみたいな事を言われても風影のスケジュールというものは早々簡単に変えられるものではなかった。
「んー、我愛羅の仕事が終わるまで待ってるってばよ」
 邪魔しねーからさ、との言葉通りに騒がずドタバタもせずに大人しくしているナルトがキューブ型のチョコレートを箱から一つ取り出すと口に放った。
 参加賞で貰った市販のチョコレート菓子で、オフホワイトを基調とした箱に雪の結晶のモチーフが散りばめられており、味もさることながらそのパッケージデザインも好評な冬季限定の人気商品だった。
 手にした箱を眺めつつチョコレートを口の中で転がせば、ココアパウダーの仄かな苦味の後にソフトチョコレートの滑らかな食感と甘みが広がる。チョコレートが舌の上で溶ける、その幸福感に気分が和んだのも束の間、否応なしに目に入るのは目の前のローテーブルに置かれた幾つものダンボール箱と、その中から溢れんばかりに積まれたバレンタインチョコだった。
 色とりどりに装った、形も大きさも様々なチョコレート達は、上中下忍から一般人まで、老若男女問わず砂隠れの里のありとあらゆる方々から我愛羅へと贈られたものだった。
 自分が貰う一生分のチョコレートすら目の前の山に勝てる気がしない。ナルトは自分が手にしている市販の菓子箱と目の前のバレンタインチョコの数々を見比べて溜息をついた。
「何で我愛羅はこんなに貰ってんのに、オレは我愛羅のチョコを貰えねーんだ……」
「言ってることが滅茶苦茶だな」
 ジャンケン大会で優勝できなかったことを相当残念に思っているようで、我愛羅の手作りだったのに……、と唸りながらソファーで頭を抱えていた。
「あぁもうっ、すっげー悔しいってばよ! あと一回勝てば今頃は……! 我愛羅だってオレに食べて貰いたかっただろ!?」
「……まぁ、そうだな」
 我愛羅も余ったからと貰った参加賞のチョコレートをナルトと同じく口に入れるが、喉が痛くなるような甘さに少しばかり顔を顰めると流し込むように紅茶を口にした。それからもう沢山だと言いたげに箱を執務机の端に押しやっていた。
「うっし、来年はオレがいただくってばよ!」
 早くも来年の開催が期待されているらしく、ナルトは熱い決意を固く拳に握りしめた。
「……来年もやるのか……」
 そう、少しばかりうんざりといった様子で呟いた我愛羅だがそれも無理もない。ジャンケン大会の最中はひたすら椅子に座って優勝者が決まるのを待っているだけなので、微妙に疲れるのだ。
 そもそもバレンタインチョコなど作る気はなかったのに、なんだかんだで作る羽目になってしまい、ジャンケン大会が行われるなど聞いていなかった上に自分で食べるつもりだったブラウニーがいつのまにか優勝賞品になっていて、咎めようにも里を盛り上げる為だと言われてしまえばそう強く拒否できる訳がなく、まるで外堀から埋められて追い詰められていく籠城者ように、ノーと言えない状況を作られてしまったのだ。
「何故そんなに欲しい? 所詮カカオ豆やらをどうにかしたモノだ、そこら中で売ってる」
 我愛羅のシビアかつ現実的な、冷ややかで尤もらしい言葉がナルトに突き刺さる。
「そういうことじゃないんだってばよ」
 ナルトは上体を捩ってソファーの背もたれに腕を組んで置き、その上に顎を載せると執務机で仕事に勤しんでいる我愛羅を見た。
 ――わかってないよなぁ……。
 実は少し期待していたのだ、曲がりなりにも恋人である自分には特別な『バレンタインチョコ』があるのではないかと。だが今までの素振り口振りからするとその可能性は限りなくゼロに近かった。恋人に何たる仕打ち! と思わなくもないが、そもそも我愛羅はイベント事に積極的に参加するタイプではない。午前中に行われたジャンケン大会に参加していたことすら驚きなのだ。
 それでも、折角のバレンタインデーに恋人の住まう砂隠れの里にいるのだから、何とかして我愛羅からチョコを貰いたい。はてさてどうしたものかと、腕を組んでナルトは思案する。
 我愛羅は我愛羅で、ついさっきまで自分の方を見ていたナルトが急に背を向けて一人ウンウン唸っているものだから、一体何をしているんだろうとその黄色い髪が揺れる後頭部の様子をチラ見していたのだが、急にその後頭部が振り返ったので見ていたのがばれたのかとぎくりとしていた。
 当のナルトは我愛羅が自分を見ていたとは気付きもせずに、さもいいこと思いつきましたと言わんばかりの非常にニヤついた表情で我愛羅を手招きしてソファーに呼んだ。
「何だ」
「いいからちょっと来てくれってばよ」
「……仕事の邪魔はしないんじゃなかったのか?」
「そんな固いこと言うなって。いいからちょっとだけ、頼むから!」
 両手を合わせてお願いされては仕方ないと、怪訝そうにしながらも素直に隣に腰を下ろした我愛羅の手を取ると、参加賞の箱からチョコレートを一つ我愛羅の手のひらに載せた。
「我愛羅からのチョコが欲しいんだけどさ……」
「? 渡せばいいのか?」
「えーと、そうじゃなくて」
 照れ気味に頬を人差し指で掻いたナルトが我愛羅に耳打ちして何事かを言う。一瞬だけ眉を顰めた我愛羅だが、やれやれといった体で手のひらの上のチョコレートを見詰めた。
「……今回だけだからな」
 そう言って包装を破ると我愛羅はチョコレートを口に咥え、ナルトの身頃に手を添えて近付いてくる。
 ゆっくりと閉じていく瞼、薄い唇に挟まるキューブ型のチョコレート。……見惚れている場合ではない。『我愛羅から』に意味があるので、掻き抱いて今すぐその唇を貪りたい衝動をぐっと堪えて目を瞑りじっと待つ。
 こんなに時間を長く感じたのは初めてかもしれない。自分の心臓の鼓動が段々大きくなっている気がする。心音が胸の外に漏れて我愛羅に聞こえてしまっていないのかと、そんなことを考えていてふと気付く、想像していた感触が中々来ない。
「?」
 何だ? と様子見のつもりで薄く瞼を開くとかち合ったのは、自分を覗き込む翡翠色の瞳。顔の近さに思わず驚きの声を上げそうになった。そんなナルトの挙動を見た我愛羅がふっと悪戯な笑みを浮かべて瞳を閉じると薄い唇に挟まれたチョコレートをナルトの唇に押し当てる。
 唇に感じる二つの異なる感触。おずおずと唇を開いてナルトがチョコレートを食むと、チョコを押しやる我愛羅の舌先と、チョコを取りに行ったナルトの舌先が思い掛けず触れ合ってしまう。一瞬だけ身じろいだ我愛羅だったが、そのままチョコをナルトの口内へと押しやるとあっさりと離れた。閉じていた瞳がゆっくりと開く。
「……これでいいか?」
 全くもっていい訳がない。チョコを押しやるためだったのはわかっているし、口でと頼んだのも自分だ。だが一瞬でも絡んだ舌先の感覚は、いとも簡単に我慢という名の箍を外してしまう。
 執務机に戻ろうと腰を浮かせた我愛羅の腕を引けば、いとも簡単に引き寄せることができた。ちょんと膝の上に横向きに座る格好になった我愛羅の翡翠色の瞳が驚きに見開く。
「あんなんじゃ、全然足んねぇってばよ」
 我愛羅の腰に回している手とは別の手を顎に添えて顔を自分の方に向けさせると、その薄い唇に残っていたココアパウダーを舐め取る。
「っナル――」
 言葉と一緒に唇を塞ぐ。何度か唇を重ねているうちに、苦しそうにナルトの身頃を掴む我愛羅の手や強張っていた体から段々と力が抜けていった。呼吸の合間にもどかしそうな声が聞こえてくるようになるのもそう時間は掛からなかった。
 まるでチョコレートを口の中で溶かしているような、甘い甘い溶けかけのキスだった。


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