砂嵐
 七班での任務の帰路、風の国の砂漠を横断中にナルトが砂色の地平線の向こうを見つめているときがあった。カカシには最初何を見ているのか判らなかったし何とも思っていなかったのだが、はたと気が付いてため息が出た。
「砂隠れには寄れないよ」
 ナルトの見つめていた先には砂隠れの里があり、そこにいるのは言わずもがな恋人の我愛羅である。ぎくりという擬態語がぴったりなくらい大げさに肩を揺らしてあたふたする姿は図星以外の何物でもない。
「わ、わかってるってばよ! ……見てただけだって」
 語尾になるにつれて声のトーンは落ち、砂色の地平線の彼方を見つめるナルトの目が切なそうに細められる。余計なひと言だったかなと、少しだけ後悔した。
 国が違って里が違って、しかも相手は忍の頂点に立つ五影の一角を担う風影だ。無理にでも機会を作らなければナルトと会うことはまずない。綱手も木ノ葉も砂も二人の関係は黙認しているし、カカシとて可愛い教え子とその恋人との邪魔をしたい訳ではない。
 けれど、会いたいから会いに行くといった理由が通用する関係でないのは事実で、今はそれぞれの国や里に害がないから、目を瞑って知らない振りをして貰えているだけ。書類に残せるような名目がなければ、お互いの里を往き来することすらままならない。
 結局のところ、茨の道は当事者たちが用心しながら進むしかないのだ。
 ……それ程までの感情を他人に抱ける若さがカカシには少し羨ましくもあった。
「なぁーカカシせんせー、あれって何だってばー?」
 ナルトが目蔭をしながら遠くを指さした。
「んー?」
 それにつられてナルトの視線の先を見てカカシは目を瞠った。空と大地の境界、その地平線をぼかすように広がる砂色。一見すると砂の壁のような、砂嵐の塊が迫ってきていた。
「砂嵐か……かなりデカいな。ルート変更、砂隠れに避難させてもらうよ!」
 一目散に砂隠れの里へ向かって走り出した第七班。足取り軽く先頭を行くナルトの横顔は、巨大な砂嵐の進路上にいるにも関わらず心なしか嬉しそうだった。

 砂隠れの里、風影邸の一室から砂混じりの強風に霞む里を見下ろしていたテマリの表情は険しかった。焦っているような困っているような、それでいて僅かに苛立ちを含んだ、所謂、焦燥の表情。
 そこに忍が一人現れ片膝を付く。
「テマリ様、木ノ葉の忍が砂嵐から逃れて来たようで、入里及び滞在許可を求めています」
「木ノ葉だと? 誰だ」
「はたけカカシ、うずまきナルト、春野サクラ、サイの四名です」
『木ノ葉』と聞いて嫌な予感がしたが、続けざまに聞いた名前にテマリは溜息をついた。
「よりにもよって、か……タイミングが悪すぎるな」
「いかがいたしますか?」
「この嵐の中追い出すわけにもいかないしな。……部屋を用意してやれ。後、適当な理由を付けて勝手に出歩くなと釘を刺しておけ」
「分かりました」
「――それと、もし我愛羅のことを聞かれても、何も言うなよ」
「……はい」
 神妙な面持ちで忍が去ったあと、テマリは再び窓の外に視線を向けた。砂色の強風に晒された何処かに妹がいるのだと思うと、何故あの時止めなかったのかと自責と後悔が胸中を埋め尽くす。
「何やってんだ……我愛羅、早く帰ってこい」
 かり、と無意識に噛んだ親指の爪が、不格好に削れていた。

 やっとの思いで砂嵐から逃げ切りナルト達は砂隠れの里へ入った。砂の忍に案内された地下通路は、いつも風影邸に向かうために通るメインストリートの真下にあるのだと言う。通気口から唸り声にも似た不気味な音が聞こえてくる。
「砂嵐があんなに速いなんて、聞いてないってばよ……」
「確かにちょっとヤバかったわね」
「カカシ先生ってばスタミナ落ちたんじゃねぇの?」
 にししと笑うナルトに、歳は取りたくないねぇ、とカカシが肩を落とした。
 案内がなければ迷い込んでしまいそうな地下通路を抜け、扉をくぐるとそこは風影邸の中だった。
「大変だったな。吸い込んだ砂が気道や肺に入ることがあるから、気になるなら医療班に見て貰うといい」
 ナルト達を迎えたのは邸の主ではなくテマリだった。
「テマリさん、我愛羅は?」
 部屋に案内される道すがら、きょろきょろと辺りを見回してナルトが言った。
「ん、ああ……今回の砂嵐は数十年に一度と言われる大嵐でな、色々と立て込んでるんだ」
 微かに目を逸らしたテマリの微表情をカカシは見逃さなかった。何かあるなと思ったが、この里にはこの里の事情があるのだろうと、あえて指摘するようなことはしなかった。

「スゲーッ! 空が赤いってばよ!」
「砂嵐が濃いと日光が散乱されて周囲が赤みを帯び、さらに濃くなると夜のように暗くなるって本に書いてありましたよ」
 用意された部屋の窓にへばりついて外を見ているナルトの横からサイとサクラも覗き込む。外は既に砂嵐で景色と呼べるものが見えなくなっていた。
「砂嵐ってどれくらいで収まるんですか?」
 その問いにテマリは困ったように笑んで答えた。
「んー、一日に何回も発生したり、一回の砂嵐が数日間続く場合もあるから何とも言えないな」
「……ナルト、嬉しそうな顔しないの」
 数日間という言葉にナルトが反応し一瞬頬を緩めた。確かに滞在日数が延びれば会える確率は高くなり、共に過ごす時間も増えるだろうが、足止めを食らっているという状況が分かっていないわけではないだろうに、困ったものだとカカシは人知れず溜息をついた。
「砂漠って大変なのね。砂隠れはいつもこうなんですか?」
「まぁ季節性のもので、いつもってわけじゃない。それに砂隠れの里はこの砂漠と砂嵐に守られてきた一面もあるんだ」
 へぇ、とナルト達が得心していると何やら騒ぐ声が近付いてきた。
「ちょっ、カンクロウ様! 今は来客が――」「嘘をつくならもっとましなウソをつけよ。この嵐の日に来客なんてあるわけねーじゃん!」「今は駄目なんです! お戻りください!」「ちっ、うるせーじゃん!」
 荒々しい足音はナルト達に用意された部屋の前で止まり、乱暴に開け放たれたドアから巻物を背負った黒子のような格好の男が入ってきた。
「テマリ! 我愛羅が戻ってこないってどういうことじゃん!?」
「おい!」
 黒子のような格好の男、カンクロウがテマリとナルト達を見てまずいという表情をした。「この馬鹿……」とテマリが呟いた。
「……どういう、ことだってばよ」
 いち早く反応したのは当然のことながらナルトで、厳しい表情でテマリ達を問いつめる。テマリ達も初めは言い渋ってはいたものの、ナルトが引かないことがわかると観念して話し始めた。

「……要するに、砂嵐到達直前になって女の人が子供の姿が見当たらないと泣きついてきて、その場にいた我愛羅が助けに行ったってことか……」
「でも風影様なら砂の扱いに慣れているのでは?」
 サイの言葉は最もだった。この場にいる忍が知る限り、砂の扱いに最も長けているのは我愛羅の他にいなかった。しかしテマリは厳しい表情のままだった。苦しげに窓の外の砂色の強風を見つめたまま言葉を続けた。
「いくら砂の扱いに長けていると言っても、あくまでも忍術だ。自然の脅威に抗えるかは正直難しいところだ」
「――テマリさん。あいつ、まだ無茶してんのか……?」
 ナルトが神妙な面持ちで言った。
 我愛羅は少し前まで人との接し方や距離感が上手く掴めず、相互関係の信頼を築くつもりが、独りよがりの献身紛いになっていた時期があった。そのぎこちなさに振り回されたのも今では思い出話だが、今回もそうなのかとナルトは眉をひそめた。
「それは違う。今回は本当に、偶然が厭な方へ重なりすぎたんだ……」
「そんな、捜索隊は出せないんですか?」
「さっきも言っただろ。今回の砂嵐は数十年に一度と言われる大嵐だってな」
 砂漠に生まれ、何度も砂嵐を経験しているテマリでさえ恐怖を感じる規模なのだ。だからこそ我愛羅は自分が行くと言い、周りの人間も強く止めようとはしなかった。『風影』以外に子供を助けに行けそうな忍はいないし、我愛羅なら大丈夫だろうと、どこか自然というものを甘く見ていたのは否定できなかった。

 見える範囲すべてが砂だった。我愛羅はマントが風に飛ばされないように身頃を押さえた。強風の中に飛ぶ砂は肌に当たると結構な痛みを感じ、防砂ゴーグルをしていなければ目を開けることすらままならないだろう。
 我愛羅は強風に邪魔されながらも砂の物理感知で子供の居場所を探し当て、砂に埋れ始めている公園に来ていた。目を凝らすまでもなく探している子供はすぐに見つかった。動物の形をした滑り台の脚と脚の間のトンネルのようになっている空間に、不安そうにボールを抱えて俯き座り込んでいた。入口に手をかけ覗き込む。
「今日は砂嵐が来るから外に出るなと言われなかったか?」
「! 風影様……」
 びくりと肩を揺らしてこちらを見た子供は、今にも泣き出しそうな表情だった。
「ごめ、なさ……昨日、ここにボール忘れて、それで……」
「取りに来たのか」
 里の人間ならば砂嵐が来ることを知らないはずがない、わざわざ危険を犯したのだからそれなりに大切なものなのだろうことはわかる。だが幼さ故の短絡的な思考、状況判断の甘さ。忍ならば命取りだ。
「……まあ説教は後だ。早くシェルターに行こう」
 そう言って遊具から出てきた子供に手を差し伸べた瞬間、轟、と風が変わった。風の咆哮に身が竦み、久しく忘れていた死の恐怖にぞくりと背筋が震えた。
 咄嗟に子供を抱きかかえて出来るだけ小さく縮こまった。縦も横も判らず、まるで大きな掌にもみくちゃにされているようだった。
 風の嬲りが収まるのを砂の殻の中で待ったが、どうやら我愛羅は子供共々砂に飲み込まれてしまい、深く埋まったのか身動きがとれなかった。
 砂嵐は中に含まれる砂塵が空気中の水分を奪い空気へと熱を放出するため、その中は周囲よりも高温で乾燥している。砂の殻の中も例に漏れず、明らかに温度が上昇していた。
 暗さと狭さと暑さと恐怖で子供が泣き始める。明かりがあれば恐怖心も多少違うのだろうが、酸素を消費し温度を上げてしまう火は使えず、生憎と懐中電灯やケミカルライトの手持ちはなかった。砂の殻自体然程大きくはないので窒息は時間の問題だった。
「泣くな。生きて母親と会いたければ、静かにしていろ」
「オレは風影様みたいに強くないもん。このボールだって、誕生日に買ってもらった大切なやつなのに、そんなのどうでもいいって、新しいの買ってあげるからって……」
 砂嵐が来ることを知っていたからこそ、この子供には今日でなければならなかった。ボールなど、少しの風でも転がって飛んで行くのだ。砂嵐に巻き込まれたら探し出すことは不可能となる。
 だが、母親に限らずさまざまな人に心配をかけているのだ。軽率な行動だと言わざるを得ない。それに――
「母親の気持ちが解らないようだな。そのボールよりもお前の方が大切だからそう言った。……その母心を察しなかった結果がこれだ」
 責めるような言い方だったからだろう、子供が押し黙った。明らかに自分に対して萎縮していた。ちっ、と心の中で舌打ちをする。
 ……何故こうも自分はこんな言い方しかできないのだろう。威圧的な物言いをあんなに嫌っていたはずなのに。「瓜の蔓に茄子はならぬ」とはよく言ったものだと、自嘲した。
 諦めるなと言いたいだけなのに、助けは来ると言いたいだけなのに、母親のもとへ、帰したいだけなのに。
 我愛羅は出来うる限り鋭くならないように穏やかに言葉を続けた。
「私だって理由もなく静かにしていろと言った訳じゃない。感情が高ぶればそれだけ心拍数が上がり酸素を消耗する。この密閉された空間では酸素の量も呼吸できる回数も限られてくる。
 私の言っている意味が解るか? なるべく肉体の活動を緩やかにして時間を稼げと言っているんだ。――できるな?」
「……うん!」
 衣擦れの音で涙を拭っているのだと知った。
 しかし待ち望んだ助けが来る気配は一向になかった。
 頭痛に眩暈、吐気。手足の痺れで感覚がなくなってきた。チャクラも切れかけ、呼吸もままならない。
 我愛羅は子供をマントの中に抱えた。こうすれば二人ばらばらになるよりも掘り出しやすくなるだろうとの思いからだった。
 意識は闇の中へ吸い込まれていく。
 その時、声が聞こえた。

 ――どんな事があっても、私が守っていくから。

 初めて耳にする声のはずなのに、その声には無条件の優しさがあって、何故だかとても懐かしかった。


「……」
 穏やかな柔らかい光を感じながら、とろとろと瞬きを繰り返した。我愛羅は誰かに膝枕をされていた。髪を撫でる優しい手つきに、そのまま身を委ねてしまいそうになる。
 ぼんやりした世界が段々と明瞭になるにつれて、先程まで自分が置かれていた状況を思い出す。
 ――子供!
 勢いよく上体を起こすのと人影が我愛羅を覗きこむのは、ほぼ同時のことだった。
「「っつ――!!」」
 物凄く鈍い音がして頭が揺れた。身を屈めて額を押さえる。ぐらぐらゆれる世界で、振り返りその人を見やった。
「急に起きるんだもの、びっくりしちゃった」
 女の人が微笑んでいた。赤くなった顎を押さえて涙目になっていたが、優しく笑んでいた。
「どうしたの、我愛羅」
「!?」
 何故自分の名前を知っている? そう思った瞬間ある写真を思い出した。家にある、一枚の、写真。
「……アナタは、か――」
 思わず『母さま』と続けそうになった口を噤んだ。自分がそう呼んでもいいのかと躊躇わずにはいられなかった。
 呼んではくれないのね、と寂しそうに微笑んだ目の前の女の人に、胸が痛む。
「私は、その、……」
 ここに本来いるべきなのは、自分ではないのだ。名を呼んでもらえるのも、自分ではないのだ。アナタが与えるべきなのは、自分ではない。アナタを必要としているのは自分ではなく、自分、ではなく――
「あなたが誰であろうと、私の娘よ」
 抱きしめられて暖かさに包まれた。身体に触られるのは不得意だったはずなのに、その腕の中は暖かくて柔らかくて、微かに感じる匂いは懐かしい気がして安心できた。
「たとえあなたが私を『母』だと思っていなくても、私はあなたを、私の娘だと思っているわ」
 愛に満ちあふれた笑みに、胸が詰まる。
 いいのだろうか? 自分がこの人の事を『母』だと思ってしまっても。いいのだろうか、自分は『彼』ではないのに。
 女の人の背中に回した手が躊躇う様に中途半端に浮いたまま自問自答した。
 それでも、この胸の深い場所で目の前の女の人に抱く愛慕は確実に《母》を求めている。
「母さまっ……」
 我愛羅は思い切り加瑠羅に抱き付き、加瑠羅はただそれを受け入れていた。

 ――罰なのだと思った。
 オートで守る絶対防御の砂の盾は、罰なのだと思った。
 死なせない、楽になどさせない。生きて、苦しめ――
 母の愛などではなく恨みなのだと思った。無謀な事、無茶な事、自傷さえ許されない。相手を挑発してこの身を危険に曝しても、掠り傷さえ砂は許さなかったし、その危機を回避し突破してしまえる才能や能力がこの身体にはあった。
 だが母親という生き物は本当にそんなことを我が子に対して思うものなのだろうか。……多分自分は母親の愛の深さを知らなかっただけなのだ。

 我愛羅は沢山話しをした。テマリとカンクロウのこと、里のこと、自分のことを。時折相槌を打ちながら静かに聞いてくれていることが、それがただただ嬉しかった。
 母親を知らずに生きてきた。母親を『母』と呼べることが嬉しくて、こんなにも幸福なことなのだと初めて知った。
 それでも、我愛羅は加瑠羅に言わなければならないことがあった。この幸福を手放すことになったとしても、言わなければならないことが。
「母さま、あのっ――」
 夜叉丸の事を口にしようとした途端、唇に人差し指を当てられた。微笑みは消え、瞳と瞳が通い見据えられる。
「反省と後悔とは必ずしも同じではないし、その言葉であなた自身に決着がつくのなら何を言っても構わない。――けれど、違うでしょう? あなたはそんな軽率な子ではないはずよ」
 想像以上に厳しい言葉に俯くしかなかった。ぎゅっと握られた手に、加瑠羅の手が重なった。
「夜叉丸のことは誰にもどうにも出来なかったのよ……あの人にもね。私も夜叉丸もあの人も、ちゃんと心の整理が付いている。あなたを怨んだり憎んだり、叱ったりしない」
 諭しているようであり言い聞かせているようでもあった。
 加瑠羅の手は自分と同じく白くほっそりとしていたが、自分のソレとは違って傷だらけだった。くの一の手、妻の手、母親の手、この手で父親である風影を支えていたのだ。傷一つない自分の手が少し恥ずかしくもあった。
 ――きっと『前』でも、母親がいればあんな家族にはならなかったのだろう。
 昔のことを思い出し冷えていく思考。それを遮るように頭に置かれた手。顔を上げると加瑠羅があやすように優しく頭を撫でてくれていた。
「幸せ?」
 素直にイエスだと思ったが面映ゆさに耐え切れず、顔を隠すように乱れてもいない前髪を梳いた。
 そんなとき、誰かが自分を呼んでいる気がして我愛羅は加瑠羅を見た。加瑠羅は一つうなづく。
「ほら、そろそろ起きなきゃね。みんなが待ってる。それに彼も」
「彼?」
「そうよ。あなたの世界を変えた人」
 頭に浮かんだのは、金色の髪が眩しい空色の瞳の少年だった。
「大切な人なんでしょう? だったら早く戻らないとね」
 加瑠羅との別れが近いことを察し、我愛羅は聞いた。
「母さま、また会える?」
「ええ勿論。私はあなたのここで、あなたと共にいるわ」
 我愛羅の胸に手をあてて、加瑠羅はとびきりの微笑みを見せた。

「探せ! 何としてでも風影様を見つけ出せ!!」
 メートル単位で積もった砂の上にナルト達はいた。あちらこちらで感知タイプの忍が我愛羅のチャクラを探していたが、なかなか見つからないでいた。
 我愛羅を探しに行くと言って聞かないナルトを何とか抑え、砂嵐が収まるのを待っての捜索活動だったのだが――
「どこをどう探したらいいのか見当もつきませんね」
「砂丘がごっそり移動して、景色が一変するときもあるからな……」
 サイが超獣偽画で出した鳥に乗り上空を旋回して里を見回っていたが、我愛羅と子供の姿は見当たらなかった。
「そうだ!」
 突然ナルトが胡坐をかいて座り込んだ。仙術チャクラを練り、オレンジ色の隈取りが浮き出る。
「――見つけた!」
 目を開き、蛙のような瞳孔に変化した瞳は、真っ直ぐ我愛羅を感じた場所を見据えていた。

「……これは」
「我愛羅の砂だ!」
 仙人モードのナルトが膨大な砂の中から砂の塊を見つけだし、砂の忍たちが力を合わせて砂の塊を掘り起こした。
 だが、いくら呼びかけても応答はなく、忍術も受け付けなかった。砂の殻はまるで、同じことを永遠に繰り返す壊れた機械のように、中のモノを守り続けた。
 このままでは中にいるであろう我愛羅と子供の命が危なかった。
「どうしますかテマリ様、このままでは……」
「今考えてる……!」
 砂の殻が健在ということは、我愛羅が生きている証であった。しかし反対のことを言えば、砂の殻が崩れた時が我愛羅の絶命の瞬間である。
 どうしたらいい? この里で風影である我愛羅の砂をどうにかできる忍などいるのか? 力任せに土遁で崩した場合、我愛羅達は無事でいられるのか?
 様々な考えが去来するが、これぞというものが一向に思いつかなかった。
「テマリさん、オレにやらせてくれってばよ」
 ナルトが一歩進み出て、皆がその様子を固唾を飲んで見守った。
「……もう大丈夫だから、出て来いよ我愛羅」
 ナルトがそっと砂に触れると、その部分から溶けるように砂が崩れていった。さらさらさらと流れた砂の中から赤い色が現れる。それは我愛羅の赤い髪だった。纏っているマントは奇妙に膨らんでいてその中から気を失っている子供とボールが見つかった。
「我愛羅!」
 ぐったりとして動かない我愛羅。ナルトの脳裏に浮かんだのは、暁に殺され冷たくなっていた我愛羅だった。もう翡翠をはめ込んだような瞳が自分を見ることはないのだと、少しばかり冷たい手が触れてくることはないのだと、そう思い知らされたあの嫌な感覚が鮮明に蘇ってくる。
「っ――我愛羅!!」
 呼びかけが届いたのか、呼吸音がし始め指先が少しばかり動いた。瞼が薄く開き、さまよっていた瞳がナルトを見た。
「大丈夫か!?」
「……子供は?」
 探すように視線を巡らせる。自分を抱えているのがナルトだと認識していないようだった。
「無事だ。気失ってっけど、じきに目を覚ますってばよ」
「……そうか」
 安堵したようにそう言葉を零し、我愛羅は再びナルトの腕の中で目を閉じた。

「――ところで、何でナルトがここにいるんだ?」
 病院の一室で我愛羅は今回の砂嵐の被害報告の書類を見ながら、ベッド傍の丸椅子に座っているナルトに言った。
 入院などしなくても平気だと言い張ったが周りがそれを許さず、強制的に病院へ入れられてしまったのだ。その代わりとして病室で仕事をすることを渋々了承させたのだが、仕事場が移動しただけだけどいいの? というツッコミはしないでおいた。
「砂嵐から避難してきたんだってばよ」
「一人でか?」
「いんや、カカシ先生達と一緒だけど、皆は外で砂の片付けの手伝いしてるってばよ」
「そうか。避難してきたのに随分迷惑をかけてしまっているな……。私がやれば早いんだが、テマリ達が安静にしていろと煩くてかなわん。……お前は行かなくていいのか」
「ここで我愛羅が大人しくベッドにいるように見張ってるのがオレの任務なの!」
「……そうか」
 実際、最初はナルトも砂の片付けを手伝っていたのだが、我愛羅がいる病院の方を気にしてばかりであまり役に立たなかったのでサクラに「一層のこと病院行ってきたら?」と追い出されたのだった。丁度そのころ我愛羅も目を覚まし、里に積もった砂を片付けに行くとか行かせないとかで揉めていたので、だったら一纏めにしてしまおうという画策を、本人達を含めて知る者は少ない。
「その……心配、かけたな」
 我愛羅は少し俯き、手に持っている書類の角を所在無げに弄る。
「まったくだってばよ。すげー心配したんだかんな!」
 平素と同じ調子で返ってきた言葉に安堵して我愛羅が顔を上げる前に、身体が強い力で引き寄せられた。我愛羅を掻き抱いて首筋に顔をうずめ、ナルトは一転、押し殺すような、絞り出すような声で言った。
「……ホント、心配させんなってばよ。オレはもう、あんな思いはしたくねーんだ……」
 背中に回された手が、震えていた。様々な人に心配をかけていたのは我愛羅もあの子供と同じだった。
「すまなかった」
 そして我愛羅はこう続けた。
「だが、私は同じことがあったら今回と同じことをする。風影として、里の人を守りたい」
 ナルトから我愛羅の顔は窺えなかったが、きっとその表情には決意の色が浮かんでいるのだろう。そしてそれは何者にも揺るがすことはできない。
「……解ってるってばよ」
 解ってるけど、と零してナルトは我愛羅を抱きすくめたまま黙り込んでしまった。
 長い時間が過ぎて、おもむろに口を開いたのは我愛羅の方だった。
「ナルト、私は風影だ」
「……知ってるってばよ。オレそこまでバカじゃねーし」
「風影は忍の頂点に立つ五影の一角を担う忍だ」
「……だから何だってば」
「だから簡単には死なん」
「暁にやられてたじゃねーか」
「ん……まぁその話は今は置いておけ」
「……お前何が言いてーの?」
「ナルトには笑っていて欲しいんだ。お前が笑うと、胸の所が温かくなる、安心する。今回のことで心配をかけたし、多分これからも心配をかける。だがもう悲しませるようなことはしない。約束する、私は絶対お前より先に死なない。彼岸からお前の泣き顔を見ても、涙を拭いに行ってやることなどできないからな」
「それだとオレが我愛羅を置いていっちまうことになるじゃねーか」
「向こうで待っていてくれればいい」
 返事の代わりのように、ナルトが今一度我愛羅を強く抱き締めた。

「風影様っ!」
 元気のいい声とともに開かれた病室の扉。砂嵐の前に助けを求めに来た母親と助けた子供が入口に立っていた。我愛羅とナルトは咄嗟に離れたが、二人の距離感を見て母親の方は何かを悟り、お邪魔しましただの、また後日お礼に伺いますのでだの慌てて言っていたが、子供の方は母親の心の内など露知らず、お構いなしでナルトと我愛羅の間に割り込んだ。
「オレさ、オレさ、大きくなったら風影様みたいな忍になる! それでさ、母さんも風影様も守れるくらい強くなるんだ!」
 突然の宣言に我愛羅は目をぱちくりさせて驚いていたが、強い意志に満ちた瞳で己を見る子供の頭を軽く撫でる。
「期待している」
「!!」
 我愛羅に微笑みかけられて頬を赤く染めて俯く子供とそんな子供に首をかしげる我愛羅。またライバルが……、とナルトが呟いたことを知るのは、子供の母親ただ一人である。


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