04
※名前変換すると違和感がある場合があります。

 長期任務で随分と里を空けた。最後に見た姉はお腹の膨らみがそれほど見られなかったが、もうすっかり大きくなっているだろう。
 急くあまりに報告書に不備を出し、ザマス眼鏡の中年受付嬢(?)によって殴り書きされた大袈裟な赤バッテンに、任務明けの疲れた心はベコベコ簡単にヘコむ。そうしてようやく四回目の提出で受理されたのだ。
 重い身体を引き摺って風影邸の居住エリアに向かう。途中で滅多に表には出てこないチヨとすれ違い、不思議に思った。

「名前はもう決まってるんですか?」
 聞けばもう臨月だという。命の大きさの分だけ膨らんだお腹に耳を当てる。
 母胎の中の生命体、臍の緒で繋がっていながらも羊膜によって隔てられている矛盾。テマリの時に胎内で動いた感触が直に手に伝わってしまい、驚きのあまり思わず気持ち悪いと口走って姉に笑顔で張り倒された記憶がある。
 男の自分にとって、妊娠という現象は神秘以外の何ものでもなかった。
「我愛羅よ。我を愛する修羅で我愛羅」
「――何でそんな名前を……?」
 産まれてくる子供の性別がどちらにせよ、厳ついというか仰々しいというか、随分と意味深な名前だ。
 姉はふいっと目を逸らすと逡巡してからおもむろに口を開いた。
「……この子の中にはね、守鶴がいるの」
 守鶴と言えば茶釜の中に封印されていると伝わる、伝説めいた老僧の生き霊。だがその実は『尾獣・一尾』里でも一部の人間しかその事実は知らない。
 尾獣を胎児に封じたという事はそれ即ち「人柱力」を作り出したという事。尾獣自体毒性が強く封印の段階で器が死に至るケースもある。母子共に死んでしまっていたかも知れないのだと思うとぞっとする。
 先ほど廊下ですれ違ったチヨは経過観察に来ていたのだろう。
「っ――義兄さんは何を考えてるんだ!」
「違うの! 違うのよ夜叉丸。――私が決めたの。私が、望んだの」
 事の重大さにかっとなり部屋を飛び出しそうになっていた自分の腕をつかんで、強い眼差しで言う姉に足が止まってしまった。震える声で、言う。
「……もう、見ていられなかったのよ。毎日毎日ろくに睡眠も取らずに里の将来に頭を悩ませて、大名からは圧力をかけられ、上役達からは小言を言われ、あの人がどれだけこの里のことを思っているか何て知りもしないくせに!! あの人が風影じゃなかったらこんな里とっくに潰れているわ。今日だって、大名に直訴しに夜も明けきらないうちに出かけていった。
 ――あの人は最後まで反対してくれた。頼むから考え直せって……。でもこの子が人柱力として成功すればきっとあの人の助けになる! 夜叉丸、私に万が一のことがあったらこの子を護って。あの人は沢山のものを抱えているから、少しでいいから、手助けしてあげて」
 泣きそうなほど必死で真剣な姉の表情に、掴まれた腕が痛むのも忘れていた。愛する夫のための決意の強さに、言葉を飲み込まざるをえなかった。

 目を覚ませばカーテンの隙間から漏れた朝日が、見慣れた天井を照らしている。
 ――何故今あの時の夢を見るのだろう。逃げ出してしまった自分を、姉が彼岸から叱りに来たのだろうか。
 気が重い。まるで石を胃袋に詰められたオオカミの気分だ。まあ最も、あの赤頭巾は鼻で笑っておばあさんごとオオカミを砂で潰しそうだが――って、何を考えてるんだ……。
 自覚しないうちに相当疲れていたようだ。心も身体も頭も気怠く、両手で顔を覆いながら盛大な溜息をついた。
 二度寝と言うよりも不貞寝をしたい衝動を堪えてベッドから出たところで、容赦ない一日の始まりが窓ガラスを叩く音と共にやってきた。
 カーテンを開ければ窓枠に小さな鳥がとまっている。伝令のない合図専用の鳥で、風影からのものだった。


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