三千世界の鴉
 明け方、ベッドを抜け出て支度をする後ろ姿をヘッドボードに凭れてぼうっと見る。
「悪りぃ、起こしちまったか?」
 視線に気づいたナルトが忍服を着ながら言うが、すまなそうな声音に反してこちらを見ることはない。肩に見つけた赤い色も、次の瞬間には服の下に隠れてしまった。
 肌寒さを感じて上掛けをたくし上げる。少しだけ、ナルトの匂いがした。
「……もう行くのか」
 ナルトは大抵夜明け前に砂隠れの里を発つ。里の人が活動し始める前の東の空が少し明るくなった頃、太陽が顔を出す前に砂隠れの里を去って行くのだ。
 それは日中の活動時間を増やして移動距離を稼ぐために仕方が無いことなのだが、小さくなっていく背中を見送り、ひっそりとした里の中を独りで歩くその道すがらは、酷く寒くて堪らない。
 窓を見やればカーテンの向こうは薄い藍色だった。鳥影が一つ、二つ、三つと、さっと射しては消えて、朝の訪れをまざまざと意識させる。
「――三千世界の、鴉……」
 無意識に零れ落ちた呟きは、男女の睦言の情景を唄った情歌。
 例えこの世のすべての鴉を殺して地獄に落ちることになったとしても、それでも、今だけは貴方と一緒に朝まで寝ていたい――そんなような意味だったと記憶している。
「ん? 何か言ったか?」
「……いいや、何も」
 けれどそれは叶わぬことなのだと、解っているからこそ、この唄の作者も歌わずにはいられなかったのだろう。
 抱えた膝に頭を載せてカーテンに覆われた窓を眺めれば、空は先程よりも白んできていた。秋の日は釣瓶落としと言うが、ナルトと迎える朝の太陽はそれと同じくらいか、それ以上にあっという間に昇ってしまう。
「拗ねんなってばよ」
「拗ねてない」……ナルトには、私が拗ねているように見えるのだろうか。
 ベッドに腰掛けて、聞き分けのない子供をあやすように、頭を撫でてくる。

「――拗ねてんじゃなくて、寂しいんだよな」

 その優しい手つきが不快で、いつ見てもきらきらと透き通った空色の瞳を真正面から見ることができなくて、視線だけ斜め下に泳がせた。
 ああ、みっともない。この薄暗がりでは夜陰に紛れることもできず、情けない顔が見えてしまう。本当に、この男には敵わない。

「んじゃまたな、我愛羅」
 短く唇と唇が触れあって、摘まんだオレンジ色がいとも簡単に指先からすり抜けて行く。引き止めたかったわけではないが、あまりにあっさり離れていくので、自分はどうやら然程指先に力を入れていなかったらしい。
 ナルトが開け放った窓から、朝の冷たい空気が夜の名残を掻き消すように入り込んでくる。カーテンがはためいて、朝日で一瞬視界が白飛びした次の瞬間には、ナルトの姿はもうそこにはなかった。
「窓から出入りするなと、何回言えば――」
 聞く人のいない小言は朝日にかき消されて、窓の外が濃いオレンジ色から金色に変わる。
「……眩しいな」
 砂を操って窓とカーテンを閉めて布団の中に潜り込むが、中は思ったほど暖かくはなかった。ついさっきまで二人で体温を共有していたのが嘘のようだ。
 視界が白飛びする直前、一瞬だけ見えたナルトの横顔が脳裏に焼きついている。
『また』があるかどうかもわからないのに、それでも「またな」と言葉を残し、去る人の背中をただ見ているしかなく、それでいて引き留める言葉を持たないのが、忍という生き物なのかもしれなかった。


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