17
 個々の輪郭を失って巨大な音の壁のようになった歓声が耳に迫る。待ちに待った試合に、観客達の興奮は最高潮に達していた。
 九尾のチャクラに当てられた守鶴の興奮が伝染して少しは高揚しているのか、いつもより心なしか速い脈を感じながら、目の前の人物――うちはサスケを見やった。
 会場に来たということは無事に千鳥を習得したのだろう。
「さて……いよいよか……」
 騒がしかった会場が段々と緊張感の含まれた静けさに包まれていく。
 機が熟したと言わんばかりにゲンマによる開始の号令が響いて、試合が始まった。
 サスケが放った手裏剣を瓢箪から飛び出した砂が呑み込みながら迫る。当たり前のように避けられたが、特に受傷を狙っていた訳ではなく小手調べだ。
 とりあえずリー戦と同様、高速体術によるフルボッコはなんとしても回避したい。
 だって、あんなのは無様じゃないか。『彼』はあんな仕打ちを受けていい存在じゃないはずだ。
 距離を取りつつポーチから巻物を取り出して、空に放ると素早く印を切る。
 結印した瞬間に巻物の術式から降り注いだ瀑(たき)のような砂に、何を口寄せするのかと身構えていたサスケが目を瞠った。その規模の大きさに観客席もどよめく。
 私が巻物で口寄せしたのは風の国の砂漠の砂だ。
 砂を撒く事によって作り出す地の利はつまるところ私のテリトリーで、大は小を兼ね、ないよりはあった方がいいし、あり過ぎて困るものではない。
 砂を組成している水晶や石英、長石などが陽の光を受けてキラキラと輝きながら降り積もる。
 砂から逃れるように壁を垂直に駆け登るサスケを視認しながら、砂が積もるのに任せてその中に身を沈めた。

「チッ、何なんだこの砂……」
 そこだけ風の国の砂漠を切り取って嵌め込んだような場内に、壁に退避していたサスケが降り立った。
 当然ながらそこにはサスケの姿一つだけだ。
 身構えて表情を硬くし、首を巡らす姿が砂の物理感知で伝わってくる。
 あのまま砂に埋れさせて砂瀑大葬しても良かったのだが、作戦開始の合図があるまで怪しまれない程度に適宜(てきぎ)長らえろとの命令があったのでは致し方ない。
 試合をしているポーズとして、ぬらりと砂分身を這い出させて襲わせてみたり、砂を槍のように鋭く地面から突き出して急襲してみたり、砂の中でじっとして相手が消耗するのを待つだなんて、いくら命令のためとはいえ自分ダサいな。と少しばかり思ったが、そもそも私は差程出来の良い人間ではないので気にしないことにした。
 高速体術対策のふかふかの砂は簡単に足が沈むので思うように動けない。
 その上、私が普段から持ち歩いている瓢箪の砂を見分けようにも、まだチャクラを色で見る事が出来ないサスケの未完成な写輪眼では役には立たないだろう。
 忌々しそうな表情だが、いつまでもやられっぱなしのサスケではない。
 水と同じく砂に沈まないようにチャクラで足場を固めればいいと気付いたようで、最初の苦戦が嘘のように足元はしっかりとしていた。
「おい、こそこそ隠れてねーで出て来い。それとも……人形がないと何も出来ないか?」
 予選で傀儡を使った分身体に戦わせていたことをカカシから伝え聞いての台詞なのだろう。
 姿の見えない私に焦れたのか、いやはや何とも分かりやすい挑発だ。普段の自分なら絶対に面倒臭がって相手にしないが、時間もあることだし、少しばかり遊ぶのもたまにはいいかもしれない。
 ニタァ、と人知れず口角を吊り上がらせた。

 サスケの背後に、音もなく砂から出づる。
 硬度の高い鉱物で作った砂粒が手に収斂(しゅうれん)し短刀の姿に形作っていく。
 サスケが異変を感じ取って振り向きざまに咄嗟に構えたクナイと、振り下ろした砂の短刀がぶつかり火花が散った。
 刃先を押し合い見合うが、絶妙な均衡で位置を保っていた刃と刃の接地点がわずかに私の方に押され、その瞬間を見計らって刃の角度を外してクナイを去なしてサスケの鼻面を切っ先が一閃。
 一歩踏み込んだ私と引いたサスケ。お互いにお互いから目を離さないように見合ったまま、後ろに跳躍して距離をとった。
 砂が攻防一体から私の補助に回り絶妙なコンビネーションでサスケを追い詰めて行く。
 我ながら、普段の大技一撃必殺の戦闘スタイルからは想像出来ないアクティブさだ。
 まぁ、接近戦において砂が通用しない場合のことを考えてだったり、砂は最大の武器であり最大の弱点なのだと考えが至ったりとで、常に身軽さを心掛けているつもりだ。
 どちらかと言えば砂は攻撃面よりも防御や拘束に長けているので、向いていないのなら私がやれば済む話なのだ。
 というか、作戦はいつ始めるのだろうか?
 風影のフリをした大蛇丸をなにとなく盗み見るが、サスケに随分とご執心のようで、多分大蛇丸の頭の中はもうサスケ一色なのだろう。視軸は完全に固定され熱い視線を向けている。
 ……うん。もう勝手にやろう。
「これで終わりだ、うちはサスケ」
 予め砂に忍ばせておいた砂分身が一瞬でサスケを羽交い締めにした。ズズズ、と輪郭が崩れサスケに纏わり付いていく。
 作戦では砂や音の忍が暴れ始めたところで完全憑依体(尾獣化なのか?)で木ノ葉を滅茶苦茶にする予定だったが、気が変わった。そんな馬鹿らしいことをしてたまるものか。風影だってもういない。私が忍組織にいる理由などないのだから。
 ――暁の事はまぁ……、どうにかなるだろう。
 あとはさっさと肉の塊にするだけだと砂の力を強めていると、突然襲い来る、脊柱に氷の針を刺されたような悪寒。

『なァに楽しそうなことやってんだ?』

 視界の端から現れた闖入者を睥睨(へいげい)すれば、その口元に悪戯な笑みが宿った。
 脈を打っているような痛みに思わずこめかみに手を当て爪を立てる。
 いつものように硬く目を瞑ってみるが、いつもならば消える筈の守鶴は変わらずに視界に漂っていた。
 意地悪に目が細まり、ニンマリと嗤われる。
 ……今更に気付いた私はきっと真性の馬鹿だ。守鶴を侮っていた。今までは守鶴が自発的に消えてくれていただけで、本当は私が何をしようが守鶴には関係なかったのだ。
 サスケを見やれば砂がボロボロと剥落していて、驚いた顔と目が合った。
 そりゃそうだ。守鶴は私にしか見えない。まるで瘡蓋(かさぶた)を面白がって剥がす子供のように、サスケを飲み込もうとしていた砂を楽しそうに守鶴は崩している。
 心の中で舌打ちをしてサスケから距離を取る。
「今はお前に構っている暇はない。選りにも選ってこのタイミングとか、巫山戯ているなら消えろ」
 サスケの周りを浮遊する守鶴を睨み据える。
『酷いなァ、楽しそうな祭囃子に引き寄せられるのは仕方ねぇだろ?』
 守鶴に顔を覗き込まれてもサスケは気付かない。怪訝そうに私を見るだけ。
「何でもいいから今は消えてくれ。私がヘマすればお前も道連れだ。消滅したらいつ復活出来るのか判らないんだろ? 消えたいのか」
 そう言うや否や、きょとんとした後腹を抱えて笑い始めた守鶴。頭に響く厭な聲だ。
 砂を巻き上げながら転げ回って一頻(ひとしき)り笑うと、

『別にオレはいいぜ』

 静かな声で守鶴はそう言った。
 何を言っているのか解らなかった。
 サスケの傍にいたはずの守鶴が突然、鼻を突き合わす距離に現れ薄く笑む。ゆらぁと、尾が揺れた。
「……な、にを――」
 言っている? そう言葉を続けようとしたが、突然脳内に響いた恫喝にびくりと肢体が引き攣った。

 ――お前が!

「っ!」

 ――お前さえいなければ!

 頭の中に流れ込んでくるのは昔の記憶。
 忘れたはずの、否、忘れたと思っていた昔の家族の記憶。

 ――お前がいなければ、あいつは助かったんだ!!

 呪いが聞こえる。自分を呪う声が聞こえる。

 ――お前が殺した!

 違うと言いたかった。
 違うと言ってはいけなかった。

 ――オマエガコロシタ!

「くそ、っ……」

 ――俺の人生から出て行ってくれ……!!

 あの日は雨が降っていて、とても寒かったのを覚えている。




131124:修正


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