陽炎
 砂隠れの里は晴れの日が多い。砂漠だから雨が降らないのか、雨が降らないから砂漠なのか特に興味はなかったが、今日は特別よく晴れているなと思った。
 暴力的な陽射しから逃れるように人々は屋内へと引っ込み、里の中はひと気なく閑散としていて、まるでゴーストタウンのようだった。
 目で見える範囲に人影はないのに、それでもありありと感じる人の気配に、人柱力として疎まれていた昔が一瞬思い出される。視界に入る人の顔は皆一様に恐怖に色付き、自分の機嫌を損ね、害されることがないようにとへつらい、それでいて影でこそこそと忌み嫌うのだ。
 なんて、今は昔の話を思い出して、凹んでいる場合ではない。
 我愛羅は溜息をつくと、日除けに羽織っていたマントのフードを目深にかぶり直して風影邸に向かう足を速める。所用で出かけている間に山積みにされているであろう仕事に辟易しながら。
 そんなときだった。
 ふと目についた道の先、太陽に照りつけられた地面から立ち昇る、もやもやとしたゆらめき。その陽炎の中に見知った黄色とオレンジ色を見た気がして、我愛羅は一瞬足を止めた。
「ナルト……?」
 たまたま似たような配色を見間違えたのかもしれない。そう、気の所為にしようとした瞬間、その見知った色が建物の角に消えて行った。そして、それにつられるようにして我愛羅も走り出す。
 フードが外れて、強すぎる太陽の光に目が眩んでも、見失うわけにはいかなかった。
 追ってみて判る。確かにあの色はナルトだったのだ。
「ナルトっ!」
 我愛羅が角を曲がると、ナルトの背中が次の角に消えていく。
 追っても追っても、追いつけない。もう自分が里のどこを走っているのかも判らなかった。
 忍術で引き止めるという考えすら浮かばないほどに、必死で背中を追いかけた。忍術を持たなかったかつての自分が、「走る」という基本的な行動をさせたのかもしれなかった。
 風影でも忍でもなく、一人の、ただの人間として走る。
 オレンジ色の、陽炎のような背中を追って走った。掴みかけてはすり抜けて、走って走って、やっと手の届く距離まで追い付いた。
「待ってくれ!」
 息も絶え絶えに、肩を掴んで振り向かせる。
 その肩が、異様に冷たかった。同じ距離を走ってきたのだから、自分と同じくらい上気していてもおかしくないのに、ここにマネキン人形を放置しておいたとしても、こんなに冷たいはずはないのに――。
「――お前の」
 聞き慣れた声に我愛羅は意識を戻される。
「お前の……、我愛羅の顔見たら、すぐ行くつもりだったんだ」
「帰るのか」
「……」
 どうして答えないのだろう。漠然とそんなことを思った。
「悪ぃ、もう行かなきゃいけねーんだ」
 いつもなら構わず抱き付いてくるのに近寄ろうともしない。
「……ごめんな」
「何だ急に、……」
 得も言われぬ不安が押し寄せる。
「キスしてもいいか?」
「いつも勝手にするだろう」
 我愛羅がそう言うと、ナルトは「そう、だよな」と一瞬泣いているのかと錯覚するほど力ない笑みを見せた。
 何かが変だと思っているのに、それを口にしてはいけないような気がした。
「……」
 ナルトの胸に手を添えて、少しばかり背伸びをして唇と唇を重ね合わせる。
「これでいいか」
 ナルトが痛いほどに強く抱きしめてきた。体温も匂いもいつもと変わりないのに、何かが違う、と誰かが言う。
 ナルトの無骨な指が、愛おしむように、名残惜しそうに、我愛羅の赤い髪を梳く。
「ごめん」
 ナルトが通路の角に消えた。
 追う事も出来ずに、我愛羅は立ち竦んだ。
 何故だかわからないが、涙が溢れて止まらなかった。ぼろぼろと、無性に涙を零し続けた。袖が涙で重くなって、喉がからからに渇いて、目尻がひりひりと痛んでも、水気のない涙はとどまることを知らなかった。
「ナル、ト……!」
 ひと気のない路地に嗚咽が滲む。涙の跡を、乾いた風が撫でた。
 その数日後、我愛羅のもとに届いた報せは黒い色に縁どられていた。

「ばかやろう」


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