hedge
 髪を撫でる。金色の髪は少し硬い手触りだ。
 眠りに入って力が抜けたのか、少しだけ膝に乗る頭部が重くなった。
 他人の大切なものを勝手に触るのは気が引けたが、どうにもこうにも寝辛そうなので額当てを外させてもらう。
 心を寄せる相手が自分の膝で安らかに眠るのは無条件で嬉しく、その重みは少しだけこそばゆい。
 それは常人と同じように眠る事が出来ない我愛羅にとっては些(いささ)か羨ましいことであったが、この安心し切った表情を目にしてしまえば些細な事のように思えてしまうのだから現金だ。
 静かな寝息で、派手なオレンジ色の忍服が微かに上下する。
 髪を撫でる。寝顔は穏やかだった。

 任務から戻ったカンクロウが自宅で目にしたのは、ソファーに座る妹とその妹に膝枕をされて横になっているナルトの姿だった。ソファーの背凭れ、つまり妹の方に向いているので顔は見えないが、呼吸の仕方で眠っているのだと分かった。
「おかえり」
「た、ただいまじゃん……」
 膝の上で眠りこけるナルトに気を使っているのか、妹の我愛羅の声は小さかった。それに釣られてつい小声で返してしまった事に、何で自分がこいつらに気を使わなければいけないんだとむっとしたが、膝に乗るナルトの髪を優しく梳いている我愛羅のその表情が今まで見た事のない穏やかさで、その和やかな雰囲気に毒気を抜かれたと言うか、未だに以前の我愛羅に対する感情が自分の中に残っていることに気まずさを覚える。
 我愛羅は変わった。それはカンクロウも解っている。信じようと決めたし、変わろうとする妹を支えるのだと決心した。けれども、ふとした瞬間に以前の無感動で無関心な、全てを『どうでもいいもの』と見下していた瞳が思い出されて、目の前の我愛羅を受け入れることに躊躇い踏み止まってしまうのだ。
「テマリは?」
「まだ帰って来ていない」
 自分一人でこの二人の相手をしろというのか? ここにはいない姉に密かに舌打ちをした。
 階段を上り自室へ向かう。少し前までは我愛羅の気配を窺いながら暮らしていたのに、随分と腑抜けたものだと自嘲した。
 少なからず我愛羅を気に掛けていたテマリは我愛羅の変化にすぐに馴染んだが、カンクロウはそうではなかった。戸惑って遅疑して、信じたい認めたい気持ちはあるのに、そう易くは認識を変えることも信用することも出来なかった。
 傀儡を片付けてベッドに仰向けに倒れた。天井を仰ぎ、先程見た光景を思い出して釈然としない思いに囚われる。まるで自分だけが馴染んでいないような疎外感、沈殿していく違和感。そもそも、どれが本当の我愛羅なのかカンクロウには未だに判らない。夜叉丸が付きっきりで世話をしていた、自分以外のすべてのものを探り見定めるような目をしていた我愛羅なのか。年相応の笑顔を見せ始めて、友達も出来て、楽しそうにアカデミーに通っていた我愛羅なのか。暴走して、夜叉丸が死んで、完全に心を閉ざしながらも礼節の隙間に狂気を滲ませていた我愛羅なのか。今現在恋人に膝枕をしている、あの我愛羅なのか。まあ何にせよ、ついぞ『兄』と呼ばれなかった事だけは共通しているが。
 考え事が過ぎたようで、帰って来た時はまだ明るさを残していた空が、窓の外で濃いオレンジ色から藍色に変わろうとしていた。
 そろそろ晩飯の準備でもするかと、部屋を出た。可能な限り三人で食事をするとテマリが決めてから、外食は自然と減っていった。代わりに台所に立つ機会が増え、今日はカンクロウが夕食を作る当番だった。
 階段を下りて、台所へ向かう動線上仕方なしに目に入る二人。状況が許せばもしかしたら永遠にこうしているんじゃないかと思ってしまう。
 それにしたって、ナルトは何かにつけて砂隠れへ来る。
「百夜通いかよ……」
 意中の女の所へ九十九夜通い、最後の一晩で息絶えた男の話を思い出す。聞き齧っただけで詳しい内容は知らないが、多分あれは百夜通っても手に入れられない恋だ。
 我愛羅に恋人がいると知った時、カンクロウは最初何の冗談だと、我愛羅とナルトの関係に否定的だった。テマリは同性だからなのか「姉」だからなのかは知らないが無条件で二人の関係を応援していたように思う。
「何か言ったか?」
 独り言のつもりが我愛羅に拾われてしまったようだ。
「……いーや、お前らには関係のない話じゃん」
「そうか?」
 我愛羅とナルトは何時の間にかこうだった。自然と、当たり前のように二人でいるのだ。街中で見かけるようなチャラチャラしたカップルでも、初々しくもない熟年の枯れた空気感とも違う。見詰め合うと言うよりは隣に立っているような、お互いを認め合っている感じだ。それでいて磁石のように惹かれ合うのとは違う気がした。S極とN極はいつだって一つの磁石で、単独で存在することはない。
「我愛羅、晩飯何食いたい?」
 ふと気が向いての問いかけ。冷蔵庫の中を漁りながら我愛羅の返事を待った。
「肉と野菜。どうせナルトはラーメンばかりだろうからな」
 ――また、『ナルト』か……。
 少しばかりハマり過ぎではないかと思わなくもないが、良い変化だと思うしかないらしい。回鍋肉用の中華合わせ調味料を棚の中から見つけ出し、妹のリクエストに応えるべくカンクロウは台所に立つのであった。

「あ! ナルトてめー肉ばっか拾って食ってんじゃねーよ!」
「うっせーってばよ!」


prev / next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -