一楽
『木ノ葉でラーメン屋と言えば?』

 あなたのその問いに多くの人がこう答えるだろう。

 ――『一楽』、と。

 頑固で有名な店主のテウチはラーメン一筋三十余年のベテランで、徹底したこだわりと熟練の技、そして愛情が芸術の域に達した絶品の味を生む。
 テウチは只、ラーメンに真っ直ぐに真剣だった。味が評判になり、評判が人を呼び、人が人を呼んで、約二十年前の開店以来、様々な人が訪れ、味わい、去って行った。それ故テウチは顔が広く、親しい者も少なくはない。
 ナルトもその常連の一人だった。
 九尾の人柱力であるが故に迫害されていたナルトに他の大人たちと同じように辛くあたるのではなく、時々サービスでラーメンを奢るなど人柄もおおらかだった。
 そんなある日、ナルトが見慣れない少女を連れてきたのだ。

 暮色が迫り飲食店が賑わい始める頃、ナルトに続いて暖簾を潜る濃紅の忍服、赤みの強い茶色の髪、ナルトも歳の割には小さいがこの少女は更に華奢に見える。
 仕草や身のこなしから漂う品の良さに、いくらラーメンに対するプライドがあるとは言っても、なんてったって大衆食。口に合うのか少しばかり心配だ。
「おっちゃん、オレ味噌ラーメンね! お前は何食う?」
「そうだな……」
 少女はカウンターに備え付けられたらメニュー表を視線で一通り舐めるとこちらを見据えて望みの品を口にした。それは「ネギ塩」であったのだが、まるで少女の翡翠色の瞳が最後通牒のような貫禄なので思わず固唾を飲んでしまった。
「あー腹減ったー! アカデミーの図書室の本の入れ替えとか、忍者のすることじゃねえってばよ」
「任務は任務だ」
「お前真面目過ぎだってばよ……」
 聞こえてくる話は今日の任務についてだった。肩を回しながら愚痴を溢すナルトの性格からして退屈でやってられなかったのだろう。
「まぁ、お陰で我愛羅とラーメン食えるから良いけどな!」
 我愛羅と呼ばれた少女がお冷で少しだけ噎せたのを、カウンターの中にいたテウチと娘のアヤメは見逃さなかった。
「何かあの二人いい感じね!」
「コラ! 真面目に仕事しろ!」
 こそこそと話すアヤメに店主としてはそう言いつつも、二人の様子が気になって仕方ないのはテウチもアヤメ同様だった。

「味噌も美味いから食ってみろってばよ!」
 そう言って差し出された、麺とスープが少しずつ乗せられたレンゲを我愛羅は見詰めていた。思案しているようにも見える。――確かに微妙だ。レンゲを受け取って食えとも、そのままかぶり付けとも言える微妙な距離だ。いや、寧ろあのレンゲの近さで受け取って食べるのは野暮かもしれない。
 一瞬だけちらりとテウチにどうにかしてくれと助けを求めるような視線を我愛羅は向けたが、
「ん?」
 ナルトの自覚なき強要とも思える満面の笑みでの催促に観念したのか、遂には差し出されたレンゲにおずおずとかぶりついた。
 咀嚼して、嚥下する。
「なっ、美味いだろ?」
「……ああ」
 ナルトが満足げに自分のラーメンを啜り始め、我愛羅も再び箸を持ったが、中々スムーズには行かないようだ。髪から覗く耳は赤みが引かないままで、俯き加減も食事をするそれではなくて、まるで耳と同じく赤くなっているであろう顔を隠すよう。あの様子ではきっとラーメンの味など分からなかっただろう。
 テウチの後ろ、カウンターの奥ではアヤメが「可愛いカップル」だの「初々しい」だの何やら大興奮しながら小声で騒いでいる。
 すると突然我愛羅が握った拳をカウンターに振り下ろしたのだ。
「!? ……き、急にどうしたんだってばよ」
 驚きのあまりナルトの口からは入れる途中だったのか麺がぶら下がっている。
「何でもない。蚊がいたんだ」
 顔を上げた我愛羅の顔は常の顔色に戻り、先程までと同じ人物とは思えない平静さでラーメンを食べていた。
「え、蚊?」
「そうだ。蚊がいたんだ」
 勿論蚊などいたはずもなく、気恥ずかしい思いをとりつくろうための照れ隠し、あるいは羞恥心に耐えかねての行動だと知っているのは、カウンターの中からすべてを見ていたテウチとアヤメだけである。


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