変わらぬ心
 ナルトが修行の旅に出てしばらく、我愛羅は風影になった。
 上役達の打算や思惑、里の全ての人が諸手を挙げて賛成している訳ではなかったが、祝福してくれる人も少なくないのは我愛羅の努力や誠意が認められた証でもあった。
 立場が変われば環境も変わり、里長という重責に忙しい日々。
 そんなある日、我愛羅に手紙が届いた。
 テマリから他の郵便物と一緒に渡されたそれは風影宛ではなくて我愛羅宛の、一通の手紙。我愛羅の風影就任を知らない人物からのものだと容易に想像できた。
 誰からなのか、すんなりと当たり前のように浮かんだ差出人の名前、その通りにナルトからの手紙だった。
 時折届く一方的な手紙。居所不定の旅の身に返事をしたためることなど不可能だ。

『待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね』

 そんな事を言った文豪がいたが、あそこは素直に友に謝るべきだったのでは? などと、そんな事を考えながら我愛羅は手紙の封をペーパーナイフで切る。
 厚さの割に軽いと思っていたが、封筒の中に入っていたのは茶色い包みと手紙だった。
 手紙を広げれば、近況を伝えるだけのある意味で素っ気ないともとれる内容が、はっきり言って下手くそな字で書かれている。だがそれも味があると思えてしまうのは、思い人という贔屓目があるからかも知れなかった。
 手書きの文字一つひとつを確かめるようにゆっくり読み進めると、折り目に沿って丁寧に畳んで机に置いた。そして、封筒の中のもう一つの『手紙』に手を伸ばす。
 乾いた音で指先に触れた茶色の油紙の中にはドライフラワーがあった。
 ……これは……。
 目の高さまで摘み上げる。
 翼状のひだをもった花茎、穂状の花序に並ぶ小さな白い花、漏斗(ろうと)状の乾燥したような萼(がく)は綺麗な色を保ったままだ。
「へぇ、ドライフラワーか。何て名前だっけそれ」
「リモニウムだ。スターチスと言った方が馴染みがあるかもしれないが」
 ナルトがちまちま包む姿を想像したのか、我愛羅の口元が少し綻んだ。
 思い人からの手紙に柔らかい表情を浮かべる我愛羅は、この里のどこにでもいる普通の少女となんら違いないようで、テマリはその事を喜ばしく思いつつも、そうさせているのが姉の自分やカンクロウではなくナルトなのだと思うと少しばかり悔しくもあったが、それだけ『うずまきナルト』という存在は我愛羅の中で大きいのだ。
「会いたくならないのか?」
 そうテマリが聞いた瞬間に夢から覚めるように我愛羅から表情が消えた。無言のまま手紙を受け取った時と同じように仕舞い直し、感情さえ閉じ込めるように執務机の引き出しに入れてしまった。
「そう思ったところでどうしようもないだろ」
 ぽつりと、聞こえるか聞こえないかで呟かれた言葉は、これ以上ないくらい我愛羅の本音が圧縮されていた。
 もしも我愛羅が風影でなくて、ナルトと同じ里の人間だったとしても、今と同じような状況になったら、今と同じように、ただ淡々と便りを待つのだろう。
「……ごめん、変な事聞いたね」
 そんな気がした。

 ――八つ当たってしまった。
 テマリが退室した執務室で我愛羅は溜息をついた。
 テマリは悪くない、ただ自分が子供なだけだと、机に突っ伏した。
 伏したまま顔だけをのそのそと横に向け、引き出しを開けると手探りで先程の手紙を取り出した。
 かさかさと乾いた手触りのリモニウム。こんなに色鮮やかなのに生きてはいない。
「……ナルトに、会いたい」
 口に出してはみたものの、予想以上に掠れた声に情けなさが込み上げる。
 このリモニウムのように、感情が枯れて、気持ちだけが形骸として残ってしまいそうで怖かった。
 ふと、リモニウムとはどんな花だったろうかと思い立ち、本棚に植物図鑑を探してページを開いた。写真の中の風に揺れる色とりどりのリモニウムを見て、ナルトもこんな姿を見たのだろうかと思った。
 読み進めた一文に目が止まる。それはページの隅におまけのような扱いで書かれた花言葉だった。
「……」
 ナルトがこれを知っていて手紙に同封したのかわからない。勘繰りすぎかもしれなかったが、それでもいいと我愛羅は思った。
 図鑑を本棚に戻して椅子に凭れた。
 砂混じりの風に吹かれて霞む里を見ながら、その風景の遥か彼方で旅をしているであろうナルトを思い浮かべて我愛羅は目を閉じた。
 屈託のない笑顔で自分の名を呼ぶその声が、遠くに聞こえた気がした。


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