Cross Church
 世界は終わりを迎えようとしていた。強大な敵によってではなく、抗えぬ自然災害によってではなく、成熟の極みに達した世界は最早腐り始めていた。
 きっかけは、とある国が欲を出したこと。とある里が、我を通したこと。
 大戦で結束した忍世界は、いとも容易く分裂した。どんなに強靭な縄も繊維の寄せ集め。解いてしまえば一本一本は酷く脆いものだった。
 元に戻っただけだとある忍は言った。
 世界は変わってしまったとある忍は言った。
 何が悪かったとか、どこで間違ったとか、これからどうなるとか、そんなことを言う時期はもう疾うの昔に過ぎていた。
 若き火影の努力、若き風影の尽力も虚しく、世界はそんな二人を嘲笑うかのように滅びへと突き進んで行った。
 これが最後になるであろう鉄の国での五影会談会場にて、風影による火影の拉致誘拐という凶行が行われた。風の国は勿論のこと、火の国も他の大国も二人の行方を知るものは誰一人としていなかった。

 風の国のどこかにあるその教会は荒れ果てていた。神職者がいなくなり、人々が訪れなくなって、只々長い時間だけが過ぎ去っていた。それでも、かつて多くの信者を惹きつけ信仰を集めた神聖さは失われずに、古代の遺跡のような静謐さがあった。
 まるで葬列のように、聖書台のついた長椅子が整然と並ぶ。上へ行くほど狭まる天井は、空間の中心から見上げて初めてその形がわかる。岩壁を掘って作られたその教会は、空間全体が巨大な十字架になっていた。息苦しいほどの重厚な空間を包む岩壁は、身を捩りながら高みへと登り抱擁と天上志向が併存する柱のない開放感へと昇華される。天仰ぐ十字は、ひとつの崇高な精神的小宇宙だった。
「随分昔に任務の途中で見掛けてから、一度ここに来てみたかったんだ。中々機会がなかったがやっと来れた」
「風」と書かれた笠を取り、天井を見上げながら我愛羅は感慨深そうに言った。しばらく興味津々といった様子で祭壇やイコンなどを見回っていたが、気が済んだのか、正面に掲げられた十字架を見上げるように佇むナルトの側に立った。
「――何でこんな事になっちまったんだろうな」
 我愛羅に話し掛けているようでいて、ナルトの言葉は会話を求めていない独白にも聞こえた。
 十字架が背負う豪奢なステンドグラスから薄暗い闇へ降り注ぐ、薔薇色のパイプオルガンのような薄明光線。かつて何組もの新郎新婦が誓い合った場所にナルトと我愛羅は立っていた。
「場所が場所だから、この笠もお前が被ると花嫁のベールみたいだってばよ」
 ナルトは己の頭に乗っていた「火」と書かれた笠を我愛羅の頭に乗せた。加減が分からず目深に被せられた笠を我愛羅が上げると、ナルトがじっと視線を向けていた。真っ直ぐ過ぎる視線にどぎまぎしながら、顔を隠すように上げたばかりの笠を我愛羅は目深に下ろした。下げた視線の中でナルトの両手が我愛羅の両手を取った。何だろうとナルトを見れば、おもむろに言葉が紡ぎ出された。
「あなたは、死が二人を分かつまで、うずまきナルトを伴侶とし、悲しみも喜びも共にし、忠実であることを誓いますか?」
 虚しい戯れだと、人は笑うだろう。それでも、これほど幸福を感じる瞬間が今まであっただろうか。
 目頭が熱くなり視界が涙で滲む。震える喉を堪え、我愛羅は答えた。
「I do.」
 笠につけられた布を手でよけながら、ナルトは少し屈むようにして我愛羅に誓いのキスをした。雲の切れ間に入ったのか、その瞬間、薔薇色の光が二人をより一層強く照らした。つ、と頬を流れた涙は、この世で我愛羅が流した最後の涙だった。
 時代が違っていれば、立場が違っていれば――そんなことを考えたのは、一体誰だったのか。
 ナルトは我愛羅の手を首元へと持って行くと、その指をそっと己の首筋に這わせた。青空と同じ色の瞳は懇願するように我愛羅の翡翠色の瞳を見つめていた。
 我愛羅には、頼む、と唇が動いたように見えた。
 指先から拍動が伝わり、皮膚の下には今もなお赤い血潮が流れているのに、もうこの肉体の中はからっぽなのだと理解出来た。
 ナルトは、世界の変化に耐えられなかったのだ。ナルトさえいてくれれば、ナルトさえ世界に存在するのならば、何だって耐えられた我愛羅と違って、ナルトは世界そのものだったのだから。
「……わかった」
 我愛羅が頷くとナルトは微笑んだ。擦れて印象の薄い、寂しい、笑みだった。




willとdoで迷ったんだけど、willの方が虚しい感じがして良かったかもしれない。


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