苺大福
 公務で木ノ葉隠れの里に来ていた時だった。火影との会談も上役たちを含めた会議も滞りなく全ての予定を終了し、後は美味しいものでも食べるなり何か買い物するなり、砂隠れの里に戻る時間になるまでの暇な時間をどうしようかと考えていた。護衛の二人はどうやら懇意の店があるらしく、「風影様に護衛なんて不要ですよね! 木ノ葉ですし!」とダブルサウンドでのたまいいそいそそわそわとさっさと行ってしまったのだ。
 風影なのに扱いが酷いのは気のせいだろうか。道すがら溜め息を吐き、何か前にもこんなことあったなとぼんやり思った。時々声をかけられながら、メインストリートをぶらぶら歩いていると、とある店の前に立てられた幟(のぼり)の文字が目に入る。
『新装開店』『お茶処・餡庵』『名物・苺大福』
 ――いちごだいふく!! 何という罪な響き。その甘美な字面に引き寄せられて暖簾を潜ると、丁度お茶を啜っているシカマルと目が合った。
「おう、一人か?」
 普段やる気なさそうなのに、やるときはやる男、シカマル。軽く手を挙げて言う姿が様になっている。テーブルには竹串の乗った空の皿が置いてあり、結構前からいるらしかった。
「ああ、お前もか?」
「オレはいの達と待ち合わせだ。つーか風影が護衛もお供も付けないで歩き回っていいのかよ」
「木ノ葉だからいいんだそうだ」
「……お前んとこも大概テキトーだよな……」
「まあ、そう言ってやるな。護衛が職務放棄できるほど平和なのは良いことだ」
 何となくシカマルの向かいに座ってしまったが、何も言われなかったのでよしとしよう。この状況で別の席に着くのも、それはそれで、違う気がするしな。
 女将にお目当ての苺大福とほうじ茶を注文し、たわいない世間話をしているうちに大福が運ばれてきた。
 まず見た目で既に美味しそうだ。素朴な田舎風の焼き物の平皿にちょこんと二つ睦まじく乗せられており、大きさは普通の大福に比べて少し小振りだ。白い餅皮にほんのり苺の赤が透けて、ちょっぴりエロいとか思った自分は職人に土下座すべきだと思う。食感が残る程度に浅くシロップ漬けにされた苺、それを優しく包む甘さ控えめの白餡、求肥(ぎゅうひ)と紛うばかりの柔らかい餅の皮の厚さも丁度良い。まさに理想的! 心の中で「gj!」を連発していると、それが表に出ていたらしく、
「大福好きなのか?」
 と、聞かれてしまった。ハズい、超ハズい。何かもう風影なのに苺大福一つで浮かれてる自分がいたたまれない。が、とりあえず頷いておいた。だって好きなんだ。苺大福。
「女ってのはやっぱり甘いもん好きか?」
 テーブルに片肘をついて湯飲みを傾けるシカマル。視線は私に向けられているが、意識は頭の中で向かいに座る誰かさんに向いているのがすぐに分かった。まあその「誰かさん」が誰なのかは知らないが。
「そうだな……テマリもよく食べてるな」
 果たして甘栗が甘味に含まれるのか自信がないが、甘い栗なのだから甘味なんだろう。ちなみに私は栗自体が嫌いだ。
「……何でそこでテマリが出てくるんだよ」
 シカマルの声が一段低くなった。
「何故って、私の一番身近な同性は姉であるテマリだからだ」
 つか何でそんな眉間にしわ寄せて機嫌急降下なんだ?
「あー……そうか。いや、何でもない」
「?」
 この時の私はシカマルがテマリについて散々いのやシカクさんにいじり倒されていたとは知らなかった。

「うっわ、珍しい組み合わせねー」
 聞き覚えのある若い女性の声に振り返ると、いのとチョウジが暖簾を潜ってこちらに向かっていた。どうもー、と軽くいのが言い、チョウジは鷹揚にやあ、と手を上げる。
「私善哉(ぜんざい)」
「ボク苺大福ね」
 チョウジよ、それはバリバリとポテチを食べながら言う台詞ではない。苺大福に失礼ではないか!
「すみません、風影様にお出ししたので最後なんです……」
「――は?」
 女将が申し訳なさそうに言った直後にチョウジの目がぎょんと私の目の前の皿に向く。二個で一人分の苺大福の残り一個が、明らかに狙われている。
「……」
 狙われている。いのが私の隣に座り、チョウジがその向かいに腰を下ろす。
「……」
 狙われている。女将が奥に引っ込んでしまった。
「……」
 狙われている。いのの善哉とお茶のおかわりが運ばれてきた。
「食べるか……?」
 ――負けた。ガン見に堪えられずあげてしまった。つーかチョウジが「は?」って、……少し怖かったんですけど!
「あ、そうだシカマル。ナルト知らない?」
 主にいのとチョウジが甘味に舌鼓を打っていると(チョウジは苺大福を一口で食べるとクリームあんみつを頼んでいた)、いのが思い出したように言う。
「いや? 知んねぇーけど、どうした?」
「サクラからナルトに渡してくれって巻物預かったのよ。今日中に渡さなきゃいけないらしいんだけど、サクラ今日から里外任務じゃない?」
 おいおい暢気だな、それって急務じゃないのか? いいのかこんなところでまったりしていて。……私が口を出す事じゃないか。少し温(ぬる)まって猫舌の私でも飲みやすい温度になったほうじ茶を啜る。玉露・煎茶・番茶と大まかな階級のうち品質の劣る番茶を焙じたのがほうじ茶らしいが、十分美味しいと思う。つーか玉露って確かに目茶苦茶美味いけど、来客のときくらいしか飲まないよなぁ……。普段は紅茶とかハーブティーだし、最近はスパイシーなミルクティーにはまってます。
「それで……」
 脳内お茶談話に浸っていると視線を感じ顔を上げる。おや? 何故私を見るんだお三方。
「そう言えば砂で探知出来るんだよな」
「へーそんなことも出来るの?」
「風影様ほどのお方なら、ナルト探してくれますよね?」
 くれますよねって――私は便利グッズじゃないんだぞ! と思いつつも三人の視線に耐えきれずに、少しばかり遠い目になりながら砂を飛ばした。……私って風影だよね?

「……演習場の近くだな。木ノ葉丸と一緒だ」
 瞑った片目に真剣な顔で対峙するナルトと木ノ葉丸が映し出される。
「そんじゃあ、めんどくせーけど行くか」
 シカマルが立つと続いていのとチョウジも立ち上がる。三人で行くのか、仲良しだな。
「……何すました顔してんだよ。お前も行くに決まってんだろーが」
 何故だか呆れ顔で言われてしまった。え、何このどんくさい子を見るような視線たちは。

 辿り着いた演習場付近。そこには美しい金髪のツインテールが眩しいナイスバディな裸婦が、何やら形容し難い艶めかしい風采とポーズのままこちらを向いて硬直していた。三代目火影すら卒倒させた、言わずもがなナルコである。
「な、ななな、何で我愛羅がここにっ!?」
 声が裏返っているしどもり過ぎだ。そして手ブラをするな、下も隠せ。いや、むしろ下を先に隠せ。わたわたと上を隠したり下を隠したり忙しかったが、変化を解けばいいとやっと気付いたのか、美女が印を組んで煙の中から青年が現れた。うん、やっぱりこの方が良いな。しかしまぁ、何とも扇情的な……。母という一番身近な女性がいない中で、子供だてらにこの完璧なプロポーションを知りつつお色気忍術で活用できていたとは、何というエロ餓鬼だったのだろう。
「え、いや、違うんだってばよ。これは……その……」
「何が違うんだ?」
 えーとえーと違うんだと腕を上下させながら慌てふためき言い訳するナルトに、一体何に対して何が違うのかよく解らずに首をかしげる。
 まあ、女の裸に興味があるというのは心身共に健康の証し。飽くまでも、度が過ぎなければの話だが。
「大丈夫!! 我愛羅の裸の方が綺麗だってばよ!」
「……は?」何故そうなる。大丈夫って何が大丈夫なんだ。何だその自信に満ち溢れた笑顔は。
「やっぱお前らそういう関係だったのか……」
「風影様いつも淡々としてるから、全っ然気付かなかった」
「そうかな? 結構分かり易かったけど。ナルトにだけパーソナルスペース狭かったし」
 何だと? ナルトが拳から立てた親指を掴んで手首の方へギリギリと倒していると、ナルトのうめき声に混じって聞き捨てならない内容の話が聞こえた。
「おいそこの三人好き勝手言うな、ごか――」
「ナルトの兄ちゃんマジでかコレェ!」
 弁解は木ノ葉丸の嬉々とした声に被って消え。
「大マジだってばよ!」
 と後ろから四人に見えるように腰に手を回して来るものだから、説得力なんてどこかへ行ってしまった。
「お前もサラッと嘘を吐くな」
 腰を撫でていた手の甲を抓って差し上げた。言っておくが脱いだ覚えはない。思案して思い当たる可能性は一つ。
「お前、昨日の夜どこにいた」
 抓られて赤くなった手の甲を摩っていた肩がぎくりと震えた。ごにょごにょとナルトが口にした温泉街の名前は木ノ葉滞在中に宿泊した温泉街の名前と同じで、加えて自分が泊まったのは露天風呂が売りの旅館。
 英雄色を好むとはよく言ったもので、すっかり失念していたが、ナルトは元々只のエロ餓鬼なのだ。加えてスケベの代名詞である自来也の弟子であり、愛読書が十八禁小説というカカシの教え子。そっち方面は収束に向かいつつあるのかと思っていたが……現役だったようだ。――もうバカバカしくて頽(くずお)れてしまいたい。風呂を覗かれた事にも気付かない風影もどうかと思うが、いい歳して、何やってんだもうホントにお前……! 何だろう、この物悲しさと腹立たしさというか、もやもやした感じは。
 でも多分、恥ずかしがったら負けだと思う。何に負けるのか定かではないが、ぐっと怺(こら)えてナルトに向き合う。
 なるべく余裕たっぷりに嫣然と笑みを浮かべ、するりとナルトの首に腕を絡め首を傾げながら上目遣いに覗き込む。
「……では感想でも聞かせてもらおうか――私のカラダ、見たんだろう?」
 甘く甘く囁けば、予想外だったのかびくりと硬直した。ふっ、勝ったな。色任務の経験はなくとも、くノ一は男の誘い方を一度は教えられる。手練れたすけこましならともかく只のスケベならこれで――
「白くておいしそうだった」
 赤面しながらも真っ直ぐ見つめ返して真摯に言うナルトに体中の熱が上がる。照れたら負けだと暴れそうな心臓を落ち着かせ、無理矢理熱を仕舞い込む。
「っ……そうか、おいしそうだったか――」
 そのままナルトを唇が触れ合わんばかりに引き寄せ、
「私は大福か!」
 鳩尾に膝をめり込ませた。
「ぐふっ……!」
 身体をくの字に曲げて崩れ落ち、腹を抱えてくぐもった声で唸っている。
「――婦女子の風呂を覗くとは不届き千万! ……安心しろ。お前の血涙は漠々たる流砂に混じり、さらなる力を修羅に……」
「わ、わりぃ! もうしねぇから、砂は――」
 どこからともなく駱駝色の砂が煙のように立ち上り、ナルトの顔から血の気が引いた。途中から空気と同化して傍観していた猪鹿蝶トリオプラス一名はこいつらアホだと心を一つにし、連弾砂時雨が炸裂するとナルトの断末魔が木ノ葉中に響いた。

「すげぇー……我愛羅の奴、顔真っ赤」
「風影様も女の子なのね……」
「平和だね!」
(ナルトのバカヤロー!)


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