Pillow
 世の中には心地よい雰囲気のある沈黙が、確かに存在する。そんな時は壊すような野暮はしないで堪能したい。そう、したいのだが。これはいかんせんどうしたものかと、我愛羅は本のページを捲りながら考えを巡らせた。
「ナルト、重い」
「んー……」
 気のないぼんやりとした返事が、片側だけ重みを感じる腰辺りから返ってきた。
 ベッドに俯せて本を読んでいる我愛羅を枕代わりに、人文字の『T』のようにマットレスを横断してナルトが寝転がっていた。ダブルサイズとは言え、当然ながらナルトの膝下は床に向かってぶら下がっている。
「我愛羅ー」
「何だ」
「ほらコレ見ろよ、我愛羅の髪の毛、太陽に透かすとイチゴソーダみたいな色になるってばよ」
 首を捻って見た先のナルトは、赤い束を陽の光に透かすように目の前にちらつかせている。その赤い束は言わずもがな我愛羅の髪の毛で、それは『彼』を意識しなくなった証の長さだった。『彼』を考えるのをやめ、念頭に置くのをやめ、それまで『彼』らしく短くしていた髪を伸ばし始めた。
 我愛羅はナルトの指先で弄られる自分の髪よりも、弄り主の黄色い髪をぼんやりと眺める。陽光を受けて煌めくやや硬質の髪は、最早眩しいくらい金色に輝いていた。
「……そうか。良かったな」
 おざなりな返事なのは、髪を触られていると、どうにもこうにも眠くなってくるからだ。再び本に目を戻して文字を追うが、何度も同じ行を読んでしまい、先程からちっともページが進まない。
 睡魔との格闘の揚句に本を読むことを放棄した我愛羅が、仰向けに寝直してナルトの髪に指を梳かす。緩慢で適当な動作になっているのは、眠気故のご愛嬌だ。
 ナルトは横向きになり、シーツに散らばる赤い髪を一房指に絡め取る。
「なぁ我愛羅、髪の毛ってどれくらいで伸びるか知ってるか?」
「……個人差や場所の違いはあるが、一ヶ月で約一センチ伸びると言われている」
「へー、何でも知ってるんだなー」
 艶やかで柔らかい手触りのこの髪は我愛羅の時間そのもので、目測で大凡を計れば残念ながら出会った頃の髪はもう既に切られてしまっていたが、自分の知らない我愛羅がこの手の中の赤い髪には確かにいて、あの出来事はどこだろう、二人で過ごした時間を全部足したらどれくらいの長さなになるのだろうかと、ガラにもなく情趣を感じてしまった。
 自分の髪に時の流れを見出されているなど知らない当の我愛羅は、本格的に眠くなってきたのか、横向きになり背中を丸める。そのお陰でナルトは虚しくもその頭部をマットレスに着けることになったが、隣に向かい合うように横になれば、一度だけ薄く目を開いた我愛羅がすりと身体を寄せてきた。そんな甘えるような動作に湧き上がる愛しさを感じて、ついつい頬が緩んでしまう。
 顔にかからないように髪を耳に掛けると、覗いた耳朶には母親の形見だと言っていた赤い石のピアスが映える。下忍の頃、あんなに沢山開けていたピアスホールも今ではその一対を除いて跡が残るだけだ。
 静かな寝息を立て始めた我愛羅の前髪を分けて額の『愛』に唇を寄せてから、ナルトは静かに目を閉じた。
 そしてそれは夕飯に呼びに来たカンクロウに起こされるまでの、長いお昼寝。


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