Desire
 ナルトたちが辿り着いたときには我愛羅は既に守鶴を抜かれ事切れていた。
 亡骸はデイダラの膝の上に抱き抱えられ、二年半の間に随分伸びた我愛羅の赤い髪を見せつけるように指先に絡めて弄んでいた。
 陶器のように滑らかで白い肌は死を湛え、美しかった翡翠の瞳も今では隈の濃い瞼の下。
 いくらナルトが起きろと言っても起きずにデイダラの腕の中に収まっている我愛羅。分かっているはずだとカカシが窘めるように言い、とっくに死んでるってな、とデイダラは我愛羅の腕を持つとナルトたちを小馬鹿にするように顔の横でひらひらと左右に振った。
 ……腹立たしかった。何よりも真っ先にナルトの思考を埋め尽くしたのは、我愛羅に触れて欲しくないという強い思いだった。誰かが我愛羅に触れているという事実が、酷く赦せなかった。

 時計の秒針が鳴らす規則的な音と紙をめくる音、ペンを走らせる音が静寂に響く深夜の執務室。ふと感じた気配に我愛羅が顔を上げると、少ししてドアの向こうから声がかかった。
「我愛羅?」
 深夜という時間帯に配慮してか極小さい声だったが、聞き間違えるはずもなく、うずまきナルトの声だった。
「どうした?」
「いや、何か眠れなくってよ。そしたらここの明かりが見えたから……」
 ドアを開けると苦笑いで頬を掻きながらナルトが言った。明日の朝早くに木ノ葉へ発つのに寝なくていいのかと思ったが、眠れないときは何をしても眠れないことを我愛羅は思い出す。
「そうか、適当に座っていてくれ。茶を淹れてくるから」
「あ、うん」
 招き入れるとナルトは遠慮がちにお邪魔しますと言って入り、進められるがままに応接用のソファーに腰を下ろした。
 お茶好きが高じて作らせた簡易キッチンに並ぶ茶葉の缶、その中から眠れないのならカフェインの少ないハーブティーがよかろうと、効能にリラックスや安眠が上げられるやつを選んだ。
「あーっ!!」
 突然の声に何事かとキッチンから顔を覗かせれば、ナルトが執務机の上に散乱する書類や巻物を指さしてわなわなと震えていた。
「やっぱり仕事してるってばよー……」
「……執務室は仕事をするところだが?」
 茶葉の缶を片手に「何を言っているんだ」と言いたげに首を傾げると、机に両手をついて項垂れていたナルトがずずいっと詰め寄って息巻く。
「そうじゃねえってばよ! 今日は安静にしてろってサクラちゃんにも医療班のオッサンにも言われてただろ!?」
 あまりの剣幕に少し仰け反りつつ、起き上がってからの記憶を巡らすが、てんで思い出せない。しばらく朦朧としていた気がするし、そのときにでも言われたのだろうと我愛羅は早々に自己完結した。
「そうだったか?」
 なおも言い募ろうとするナルトを遮るように薬缶が鳴り、「とぼけたって駄目だってば……」と、ナルトの深い溜め息を聞きながら、我愛羅はティーポットにお湯を注いだ。

 応接用のソファーセットでナルトと向かい合って座る我愛羅はティーカップ片手に何かの巻物や書類に目を通していた。
 時たま眉間にシワを寄せ付箋を貼ったり何かを書き込んだりしている様子は里長そのもので、我愛羅は『風影』なのだと実感した。
「なあ、それって今やらねーといけないのか?」
「……確かにここにあるのは重要度の低いものかもしれない。けれど、『風影』が目を通してゴーサインを出さなければ動かせない「そういうもの」が積み重なって里を回していることには違いないんだ」
 ……言っている事は解る。里長としての責任があるのも分かっている。だが今は、自分の身体の事を考えるべきだとナルトは眉間に微かに皺を寄せた。
 テーブルに広げた書類や巻物に手を伸ばそうとする我愛羅の指先を巻物が霞めた。何をするんだと我愛羅は非難の色でナルトを見るが効果はなく、手を伸ばした先からことごとくかっ攫われてしまう。
「病み上がりなんだからもう休めってばよ」
「私は病気ではない」
「あのなぁ、大人しく寝ないとお前の姉ちゃんにチクるぞ」
 妙な強制力のあるイイ笑顔でそう言われてしまっては引き下がるしかなかったようで、我愛羅はナルトに連れられる形で渋々自室に向かった。

 ベッドの傍に椅子を持ってきて座り、ナルトは自来也との修行の旅を身振り手振りを交えて話す。ヘッドボードに寄りかかり、相槌を打ちながら我愛羅はその話に聞き入っていた。
 ふと、意識が体を離れて後ろに引いて行くような感覚。昔とちっとも変わらないナルトの屈託のない明るい表情も、どこか他人事のように、透明な壁の向こうで物事を見ている瞬間がある。
 今回の事も、暁のデイダラと戦って、出来うる限りのことをしたのに結局は敗れて守鶴を抜かれてしまった。常に感じていた存在はもういない。
 そして『原作』通りにチヨの命とナルトのチャクラを代償に生き返ったのだ。
 いくら知識が薄れているとは言っても、デイダラに敗れると漠然と識っていながら対処できなかった未熟さ、力不足。自分が何をしても、『原作』の輪郭は変わらなかった。
 何かもっと上手いやり方があったのか、それとも、成り代わりの桎梏からは逃れられないという事なのか。
 不意に、ナルトが我愛羅の手を掴んだ。思いの外強く握りしめていた拳を解いて顔を上げれば、空色の瞳が真っ直ぐ見つめていた。
「――大丈夫か?」
 徐に空いている方の手を伸ばし我愛羅の額『愛』の文字を撫でる様に髪に指を梳き、頬まで滑らす。
「何でもない。……お前の手は、暖かいな……」
 自分の頼りない女の手とは違う、大きく皮の厚い手に、我愛羅は猫のように目を細めて自分の手を重ねた。――自分では掴みきれないもの取りこぼしてしまうものも、きっとこの力強い手ではそんなことはないのだろう――そんなことを思いながら。
「我愛羅の手って細ぇーからオレの手が届かない所でも届きそう」
「私はお前のような大きな手が欲しかった」
「じゃあ我愛羅が掴みきれないものはオレが掴んで、オレが届かないところは我愛羅が手を伸ばせばぴったりだってばよ」
 どうしてこう、恥ずかしげもなく言えるのか不思議だ。二人きりの空間というのも心がざわついて落ち着かず、我愛羅は空色の瞳から逃げるように視線を外す。
「……もう部屋に帰れ」
「我愛羅が寝付くまでここにいるってば」
「寝付くって……」
 頬に添えられたナルトの手が我愛羅の顎を少し上に向ける。必然的に目が合い、夜のしじまと共に視線が絡んで解けなくなると、どちらからともなく距離が縮まる。
 反射的に目を閉じれば、唇にあたたかいものが触れた。
 こんな所まで体温が低いのかと、的外れなことを思う。
 その後二人はベッドに雪崩れ込み――なんてことはなく、ナルトは茹で蛸のような真っ赤な顔とぎこちない動作で部屋に戻って行った。

「――っ……だぁー!! カカシ先生! イチャパラ貸して!!」
「はぁ!?」




120803:加筆修正


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