Polish
 ナルトと我愛羅、二人の休みが重なって取れたのは最後に会ってから三ヶ月も経ってからだった。主に我愛羅の方が忙しく、今回も調整に調整を重ねて、やっと木ノ葉へ来れたのだ。
 砂の瓢箪は玄関脇で沈黙を保ち、我愛羅もいつもの黒い忍服ではなくTシャツに短パンというラフな格好で、ついでに言えば背面には『あいらぶラーメン』と毛筆で荒々しく描かれた、我愛羅の人物像からは非常に想像しにくいTシャツだった。それもこの部屋の主であるナルトの衣服なので仕方がないのだが、かと言って『彼シャツ』のような萌が皆無なのは、文面の脱力具合とナルトと身長が同じくらいの我愛羅にとってもジャストサイズだからだろう。
 換気のために開けた窓から入ってくる風が気持ちいい昼下がり、床に座ってネイルケアをしていた我愛羅を、同じく床に座って忍具の手入れをしていたナルトが見やる。
 床に置かれた三つの小瓶。一つは半透明で、一つは黒で、一つは透明だ。それらを順に白い手の指先、桜色の爪に塗布しては満足げな様子の我愛羅。はっきり言って、ナルトには何がそんなに良いのか解らない。指先に負荷のかかる職業の人が爪の保護のためにネイルケアをするとは聞いたことがある、だが我愛羅にとって爪の保護のための行為かと言えばそうは思えず、ファッションだとも思えない。ナルトが知る限り常にその色は黒で、だらしなく長いことはなく忍らしく実用的に短く切りそろえられている。
「なぁ、我愛羅って何で爪黒いの?」
「……お前はマニキュアを知らないのか?」
 手を止めて我愛羅は訝しげに眉根を寄せた。
「いや、そういう意味じゃなくて」
「冗談だ。なぜ『黒』なのかと言いたいんだろ」
 我愛羅にとってはもう習慣になっているので、改めて聞かれるとすぐには思い出せない。脳内の普段使わない記憶に爪を黒くする動機を探せば案外それは簡単に思い出せたが、口にするのを憚られる理由だった。
「忘れた」
「ふーん……」
 再び各々の作業を開始して、ナルトは視界の端で爪を黒く染めていく我愛羅を意識していたが、突然に動きが止まりフリーズと言う言葉がぴったりになる。
「我愛羅?」
「足を先にやるんだった……」
 ポツリと零れた言葉はどちらかと言えば合理的な我愛羅にしては意外なもので、ナルトが小さく笑いを漏らせば軽く睨まれた。塗ったばかりのエナメルがどこかに触って剥がれないように意識しているのか、指の間を少し開けて床に置かれた手。我愛羅が目を落とす足先の爪は本来の色のままだ。その時ナルトの脳内で豆電球が点灯した。忍具を脇に押しやり、我愛羅の前に胡座をかいた。
「じゃあさ、じゃあさ、オレがやっていいかってば!?」
「……出来るのか?」
 胡乱げな視線を向けられてもナルトは期待の目で了承を待つ。
「大丈夫だって!」
「……じゃあ頼む」
 ベースコート、ネイルエナメル、トップコートとそれぞれ我愛羅から説明され、ナルトは半透明の小瓶を手に取った。
「意外と器用なんだな……」
 色々と壊滅的な仕上がりを想像していたが、普通に綺麗に塗れている。初めはやや緊張の面持ちでぎこちなかった手付きも、ベースコートが塗り終わりエナメルに取りかかる頃には様になっていた。片膝を立ててその上に顎を乗せて見ていたが、人に足を触られたり預けたりするのが無防備な気がするのは、なぜだろう。じわりじわりと滲み出す気恥ずかしさにいたたまれない。繊細とは言えない無骨なナルトの手の中で、足の爪が一枚一枚丁寧に黒く染められていく様が、妙な気分にさせる。
「お前足ちっちゃいなー」
 ナルトの声にはっとする。
「オレと身長同じくらいなのにな。白くってすべすべだし、何かのお菓子みた――」
 我愛羅を見たナルトの空色の瞳が見開いた。
「……我愛羅、お前、顔赤い」
「赤くない」
 膝に額を付けて俯いた我愛羅は耳まで赤くなっていた。ニヤリと笑んだナルトが我愛羅の足に指を這わせる。
「何、足触られて興奮した?」
「して、ない。……もう終わったんだろ、さっさと放せ」
 脚を引っ込めようとしたが、足首をナルトに掴まれそれは適わない。
「何のつもりだ」
「分かってるくせに」
 後ろ手をついて上体を支えて更に力を込めて引くもびくともしない。
「……」
「睨んだってダメだってばよ。お前可愛いから」
 掴まれていない方の足で蹴り飛ばしてやろうかと思った矢先、ぬるりと柔らかく生暖かい舌が脚を這った。
「な、お前っ、今な、舐めっ……!?」
 その感触に肌が粟立ち、後ろ手をついて支えていた肘がカクンと折れ後ろに倒れる。すぐさま起き上がろうとした我愛羅の手首を好機とばかりに掴んで床に固定すると押し倒したような格好になった。
「っこら、やめろ」
 膝で脇腹を叩くが何の効果も見られない。
「ヘタに動くと折角綺麗に塗った爪が汚くなるってば」
 我愛羅の視界の大部分を占める、やたら楽しそうな表情のナルト。背中にはひんやり冷たいフローリング。頬に添えられた手がやんわり髪を梳き、親指が唇をなぞる。
「逃げないのか?」
 耳元で囁かれて肩が跳ね、不本意ながら腰の辺りがぞくぞくした。
「っ……爪が、汚れるんだろ……」
 乾いていないエナメルの所為にしてでも好きなようにさせている理由など、この男にはきっとお見通しなのだろう。攪拌され白濁してゆく思考の中で我愛羅はそう思った。


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