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 良いニュース、リーによるタコ殴りの刑の回避。悪いニュース、分身に「大体『彼』と同じ様な感じでヨロシク」と命令したら、『彼』と全く同じことをしてくれた事。
 流石分身と言えども私、「同じ様な感じ」などという曖昧な命令を遂行出来る器用さは持ち合わせていなかった。
 多分きっと「同じ様な感じって何だよ!? ハッキリしろよ!」と悩んだんだと思う。
 それから調子に乗って『彼』なら絶対に言わないことを口走った。
 ……いやぁ、だってさ、ガイ先生がNGワード言っちゃうもんだからさ、虫唾が――じゃなくて、拒絶反応で加虐心が鎌首をもたげてしまった訳なんですよ。
 ……何やってんだ自分ー! ああもうホント、恥ずかしくて死ねる。何だアレ、中二病か! 中二病なのか!! くっ、穴があったら入りたいレベルを通り越して自分を獄砂埋葬してしまいたい!
 真夜中で静まり返っていることも手伝い、うだうだした思考に自分で自分が居た堪らなくなり宿泊所を抜け出す。
 立派なシャチホコのある城の屋根で満月をバックに頭を抱えて唸る姿はさぞかし不気味だっただろうが、羞恥と自責の念に苛まれている最中の私はそんなことをこれっぽっちも意識していなかった。
 不意にぞわっと背中を撫で上げられるような頭から冷水をかけられたような悪寒を感じて舌打ちをする。
『我愛羅ちゃーん?』
 嫌悪感を抱かせる、間延びした媚びるような声が頭に響く。甲高いような野太いような、人間の声でないのは確かだ。
 視界の端から空気を泳ぐようにメタボリックな狸が現れ、目の前をゆらゆら漂っている。この身に封じられた尾獣――守鶴だ。
 守鶴は手足を鎖に繋がれているがそれは際限を知らず、空(から)の途中で掻き消えている。
「煩い黙れ消えろ死ね」
 これでもかというほどの拒絶を前面に押し出した顔で吐き捨てる。
 本来なら相手にもしたくないのだが、以前実行したら廃人寸前にまで追い込まれたので適度に適当に相手にするようにしている。
『何だよツレないなァ……この前はちょーっと揺さぶっただけでぐらぐらしてたのによー』
 目の前にいると思ったら消え、次の瞬間には背後から顔をのぞき込んでくる。
 神出鬼没で荒唐無稽、下品で利己的、無遠慮で無責任、自分が楽しければ他はどうでもいい。ここまで醜悪の権化と言えるべき存在を、私は守鶴の他に知らない。
「……この前?」
 何の話だと守鶴を振り返り見てもニンマリと笑っているだけで要領を得ない。
『あれ? 気付いてなかったの? ヤッベー、言わなきゃ良かった!』
 わざとがましい言い方に腹が立つ。姿形から態度に話し方まで、とことん人を苛立たせるのが得意な狸だ。
 残念なことにこの守鶴は自分にしか見えないため、このムカつきは他人と共有できない。
「いつの話だ」
『そう怒るなよー』
 聞いておいてそれに答えても無反応なんてしょっちゅうで、思わせぶりな言葉を吐いて焦らして反応を見て喜ぶ。
 ウザくてウザくて仕方がないのに、それでも相手にしなければならない苛つきを込めて、さっさと言えと無言で睨みつける。
『……チッ。一次試験の時だよ。九尾の餓鬼に邪魔されたけどな』
「っ……お前!」
 拳を振り上げるが実体ではない守鶴に当たるはずもなくすり抜ける。
 原作通りなんて今迄もあったのに気分の落ち込み方が急激だと思ったら、お前の仕業か! くそっ、何か変だと思ったんだ……!
『おぉーっと、オレに怒りを向けるのはお門違いってもんだ。器に接触を計れるような甘っちょろい封印術を施したババアを恨みなー』
 ぬるりと中空を滑りながら鼻を人差し指でほじくり、あまつさえそれを指でこちらに弾いてニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべる。
 ……ぶっ殺してえ。
 キレてフルボッコにしたいのに暖簾に腕押し糠に釘状態ではフラストレーションが溜まる一方だ。
『あー……』
「今度は何だ」
『お客さん、来てるみたいだぜ?』
 守鶴が笑みを張り付けたままスライドしたその向こうに屋根に佇むドス・キヌタが見えた。
「参ったな……。君は寝ないんですか」
 守鶴のせいで眠れないんだよ。何、モノ〇ロームでも歌ってくれるんですか?
「寝込みを襲わせてもらおうかと思ったんですがね、君をここでたたこうかと思いまして……」
「……」
 馬鹿な奴。用済みの手駒風情が『砂瀑の我愛羅』に勝てるとか本当に思ってるのかな。
 ああでもサスケと戦いたいって事は大蛇丸に見てもらいたかったり認めてもらいたかったりするってことなのかな?
 まだ十四歳なのにね。変な欲を出さなきゃもう少し生きられたのに、大蛇丸の何がそんなに良いわけ? 悪のカリスマってか?
 でも、そうだね。誰かに見て欲しい認めて欲しいって感情は理解できるし共感できる。
 ――だからさ、砂を使わないでちゃんと殺してあげる。
 くくく、と守鶴が笑った。

 屋根を抉る巨大な爪痕に、身体を深々と切り裂かれた遺骸が転がる。むっとする血の臭いに似合わず、守鶴化していた右手には少しの血すら付いていない。
 月明かりに手は幽霊のように白光し、黒いマニキュアがきらきら光る。
 白いのに赤い手。ほっそりしていて綺麗なはずなのに汚れた手。そして、それが許される世界。
『ヒャーッハハハハーッ!』
 守鶴は私が人を殺すのが余程嬉しいらしい。馬鹿みたいに楽しそうな笑い声と共にお腹を抱え転げながら姿を消した。
 しばしドスの死体を見ながら思考にふけり思い付く。
 大蛇丸云々は私の勝手な妄想で、もしかして只好戦的だっただけなのか?
 ……まあいいか。
 取り敢えず向こうの方で傍観決め込んで内緒話しているバキとカブトに心の中で中指を立てながら、見物料として砂時雨をぶち込んでやった。


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