09
「なぜ、助ける」
 リーにトドメを刺そうとしていた砂をガイが立ちふさがり薙払うことで防ぎ、地に仰臥した砂の少女は問いた。苦しげにこめかみに手を添え睨み付ける。
「こいつは……愛すべきオレの大切な部下だ」
 揺るぎもしない真っ直ぐな眼差しと言葉に、我愛羅は苦しげだった表情を驚きに染めたがそれも一瞬で、すぐに不快気に眉根を寄せるとスッと目を細めた。

『愛だと?』

 予期せぬダブルサウンドに会場中が驚きに包まれる。
「何っ!」
 ガイの視線の先には今迄の試合が嘘のように、傷一つない姿で悠然と腕を組みしなやかに佇む我愛羅が現れた。
 ――どういうことだ?
 確かにリーの隙をついて砂の鎧から抜け出してはいた。だがそれは今倒れている方の我愛羅だったはずだ。
 オレの写輪眼でも見切れない何かがあったのかと、もう一度よくよく視ると、伏していた我愛羅は輪郭が砂になって崩れ、等身大の球体関節人形が現れた。
 ――そういう事か……。
「人形!? あの子も傀儡師なの?」
 サクラが驚きに声を上げる。
「……違う。あれは傀儡じゃない媒体だ」
 やっと違和感の正体がわかった。
 頬に傷を負った時の我愛羅の諦めたような表情。あれは諦めでなくて「倦怠」。
 自分から仕掛けなかったのも、仕掛けるほどではないから。されるがままだったのも、自分には何のダメージにもならないから。すべてが彼女にとっては取るに足りないこと。
 だから、
「――分身に戦わせていたのか」
「どういうこと?」
「分身の術にも種類があるということだ。影分身のように己のチャクラだけで実態を作り出す分身もあれば、媒体を使ってチャクラの消費量を抑える分身もある。水、砂、土、他にも分身の媒体になりえる物質は沢山ある。彼女は恐らく最もシンプルな傀儡に砂で肉付けをして分身体にしていたんだろう。――写輪眼でも見きれないとなると、相当高性能だぞ」
 誰かが「ご名答」と嗤った。

「――これがお前の愛の結果か」
 ポフンと小さな爆発音と薄い煙を上げ手のひらサイズに縮んだ人形を拾い上げてポーチに戻すと、砂は我愛羅の背中へ瓢箪の形を取りながら戻る。
「結果だと?」
 ガイの表情が曇り険しくなり、声が心なしか震えていた。
 ――人形の無表情というものは、時に見る者の心を反映する――
 人形の様に整った彼女の無表情は、ガイにはどういう風に見えるのだろう。
 我愛羅は緩慢にリーへと歩き出すが、ガイは止めようとしなかった。もしかしたら、止められなかったのかもしれない。
 我愛羅はリーの手前で立ち止まり、振り返り言う。
「未成熟な体に無謀な術(すべ)を教え、努力さえしていればいいと唆し続けた、末路。お前が本当にこいつを愛しているのなら、努力の仕方ではなく、忍を辞める勇気を教えるべきだったな」
「っ……お前に何がわかる!」
 痛いところを突かれたのだろう。先ほどとは違い声を荒げた冷静さに欠いた台詞。色々なものが綯い交ぜになった険しい表情だが、それが何なのかガイではない自分には判らない。
 間髪入れず切り返したガイを何の感情も伺えない瞳で見つめ、抑揚もなく淡々と答える。
「お前にだって何が解る? 独立した別個体である限り理解ではなく己の経験に基づく共感であり同感ではない」
 つい、と流し見た我愛羅につられて視線を追うと、そこには手足を潰され立てるはずのない体と、意識がないのを伺わせる虚ろな目で立つリーがいた。
「哀れだな……。勝たなければならないと言う強迫観念で意識はなくとも立ち上がる」
 一歩二歩と歩み寄り徐にリーの額へ手を伸ばすと、指先でゆっくり押しやる。危うい均衡で立ち上がっていたリーの身体は、芯が抜けたように重力に倣い始めた。
「っ!」
 瞬身でリーと床の間に体を滑り込ませる。
 ――危ない。自分が受け止めなければリーの身体は床に叩き付けられるところだった。
「ガイ! お前……」
 何故受け止めなかった! と続くはずだった叱責は喉の奥に消える。
 ガイが、泣いていた。悲しそうに顔を歪め、悔しそうに拳を握り締め、「許してくれ……お前の忍道を叶えさせてやりたかったんだ……」と消え入りそうな微かな声で言った。
 ……何なんだ……何なんだ一体! 他里の人間が知った様な口を利いて、ガイ達の師弟関係にしこりを残すような物言い! ふざけるな!
 我愛羅の姿をギャラリーに探して睨み付けるが、見詰め返すその貌(かお)は常と同じく無表情で、その無表情も今では嘲笑っているようにしか見えない。
 リーが担架で運び出され、ハヤテが我愛羅の勝利を宣言した。


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