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 暗い闇に抱かれた深海から浮上するように、閉ざされたはずの意識がもう一度光の粒に引き寄せられる。やめろ。やめてくれ。そんな光には、近付きたくないんだ。もがいて足掻いて、こんなにも叫んでいるのに、頑として音を出さない喉を掻き毟る。嫌だ。嫌だ。もうあそこへは戻りたくない。目覚めたくない、生きていたくない。嫌なんだ! 私の精一杯の拒絶と目一杯の拒否とは裏腹に、暗闇との斥力が、光との引力が、どんどん強くなる。光の粒が目を潰さんばかりに矢を放ち、大口を開けた光が触手を伸ばして私を闇から引き剥がす。酷い非道い、あんまりだ! 光を見ないようにぎゅっと目を瞑り、光に身体を晒さないように出来るだけ小さく縮こまった。息も出来ないくらいに強烈な光の暴力に翻弄されたかと思うと、打って変わって、光が凪いだ。

「っ……アナフィラキシーです! 出血、止まりませんっ!!」「何っ、自然分娩だぞ!? っ、輸血と止血剤! あるだけ持ってこい!」「心停止、蘇生処置入ります!」
 加流羅が女児を出産した。三つ上のテマリがいるから、次女ということになる。名前は「我愛羅」。あいつが何を思ってこの名前を付けたのか、俺は知らない。
「……もういい」
 耳障りな警報が鳴り響く分娩室の中、看護師が慌ただしく駆けずりまわっている。床に広がっていく赤黒い血は加流羅の身体の中にあったもので、人間の身体の半分以上が水分で出来ていると頭で解ってはいても、目に見えて分かる状態になって改めてその多さに驚く。
「ですがっ、風影様……っ!」
 悲痛な面持ちの看護師が、赤い液体が入ったパックを片手に言い淀む。俺が止めなければ今頃は加流羅の身体に注ぎ足されていたのだろう。あいつの血液が全部流れ出て他人の血液が入ることは、それはそれで、不愉快な気がした。
「もう、いいんだ」
 決して大きな声で言ったわけではないのに辺りがしんと静まり返る。看護師は悔しげに顔を歪め、わかりました、と震える小さな声で言った。
 神妙に粛々と、何かの儀式のように処置道具が片付けられ、加流羅の死が胸の奥底に染み込んでくる。
 ……自分は一体、何を後悔すればいいのだろう。あいつの決意を覆せなかった事? 軍縮を推し進める大名に抗おうとした事? 一尾の存在をあいつが知ってしまった事? 『風影』に、なった事?
 歴代最強と謳われた三代目がいなくなり、その後任に選ばれたことにプレッシャーを感じずにはいられなかったが、俺なりの信念を持って「影」を名乗ってきた。――そうだ、俺はこんなことをするために風影になったのではない! ……理想とは裏腹に、これは仕方のないことなんだと言い訳をしている自分が居た。
 何も知らずに眠る、加流羅の忘れ形見になってしまった腕の中の小さな命に目を落す。酷な事をしたと思っている。この小さな体に尾獣を封じ込め、人知を超えた力と可能性を秘めた我が子。得てして人柱力はその圧倒的な戦闘力と危険性ゆえに、周囲から畏怖され疎外されると聞く。それでも確実に衰退へ突き進む一方のこの里を救う手立てになるように、祈るしかなかった。
 俺がこの子の幸せを願うのはおかしいかもしれない。願う資格のない非道な所業だと自覚している。だがそれでも願わずにはいられないのだ。俺と加流羅が出会ったように、いつかどこかの誰かがこの子を愛してくれる事を、大勢の中からこの子の手を掴んでくれる事を。この子のために泣き、この子のために笑い、この子のために心を砕いてくれる事を。――そして、それが出来ない自分に心底腹が立ち、憐れんだ。

「許してくれとは言わないし許されようとも思わない。だが憎むならこの父を憎んでくれ。お前の母は俺のためにお前に守鶴を宿した。あいつをそうさせてしまったのは俺の所為だ。だから怨み憎むなら母ではなく、俺を怨め。子が修羅ならば、親も修羅なのが道理」


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