09
「我愛羅様……どうしたんですか?」
 アカデミーにも慣れてしばらく、帰ってくるなりソファーに突っ伏して明らかにくたびれている様子の我愛羅に夜叉丸は声をかけた。
 すると、のそっと緩慢な動きで顔を夜叉丸に向け、赤茶色の髪の隙間から恨めしそうな翡翠が覗く。
 さらりと流れた髪から赤い石のピアスが耳たぶに映える。
「バキに怒られた」
「バキに……?」
 夜叉丸は同じ年にアカデミーを卒業した年下の強面の少年を思い出す。とても優秀で将来が期待されていたが、我愛羅達の教育係を任されているとは、風影の信頼も厚いようだ。
「『逃げて防御ばかりしていないで戦え、何のために教えていると思ってるんだ』だってさ。……無理だよ。出来ない。攻撃されるのも攻撃するのも、『痛い』は『怖い』んだ」
 今でこそ我愛羅は忍の世界に身を置くが、中身は只の現代人。殴り合い取っ組み合いの喧嘩はおろか、本気で口喧嘩すらしたことがないスーパーチキン。
 本を読み漁ってチャクラコントロールや術の修練は出来ても、対人となると腰が引けてしまいてんで使い物にならなかった。
 世界観の影響をもろに受ける点だ。
「そう言えば砂の守鶴は本来攻撃用なんですよね……」
 手の届かない物を取り寄せるなどのものぐさがバレていた気まずさで、我愛羅はひっそりと目を逸らして呟いた。
「……医療忍者になってバリバリ働くからいいんだもん」
 だが実際問題、本人の希望がどうであれ、我愛羅の本分は兵器と言うのが里の見解だ。
 例えば刀に薬の袋がぶら下がっていたとして、これは何ですかと問うても、大凡の人間がそれは刀だと答えるだろう。
 兵器、凶器、異物を抱えた人型の狂気。医療忍術は学べても、それは我愛羅にとって、オマケでしかないのだ。

 そんな話を我愛羅と夜叉丸がした数週間後――事態は最も好ましくない方へ急転した。
 アカデミーでの演習中に我愛羅が突如として暴走してしまったのだ。
 逃げ惑う生徒や人々の恐怖に染まった瞳に映るのは、醜い異類異形の「バケモノ」の姿。
 アカデミーと周辺の建造物の半壊、死傷者多数の大惨事になり。駆けつけた風影が目の当たりにしたのは、術具で雁字搦めにされてなお捕縛を逃れようと暴れまわる我愛羅の姿だった。
 大部分が守鶴化し、少女の見る影もない砂色の小山のような巨躯。資料でしか見たことのない、絶望の姿。
 風影の脳裏に浮かんだのは、腹の中の我愛羅に愛しさと希望を見ていた加流羅の微笑みだった。
 そして、その様子を遠く離れた建物の最上階から見ていた男がいた。上役の一人で我愛羅をよく思っていない派閥の中心人物だった。
「いるか?」
 男がどこにでもなく口にすると、口布で顔を隠した数人の暗部がどこからともなく現れ、片膝を折り頭(こうべ)を垂れる。
「やはりバケモノは所詮バケモノ、早々にあやつを処分しろ」
「……我愛羅様をですか?」
 先頭の暗部が言う。
「フン、バケモノに様など付けなくてよいわ。それとチヨを引きずり出してこい。茶釜に守鶴を封印させる」
「――御意に」
 忌々しそうに話す上役に暗部は少しの間の後に淡々と答え、部下と共に一陣の砂混じりの風を残して消えた。

 夜、里の外れにある古びた施設に夜叉丸と風影はいた。
 廊下と部屋を隔てる壁に嵌め殺しにされた分厚い強化ガラスの向こうの室内には、強制的に意識を喪失させられている我愛羅がベッドに横たわっている。
 その小さな身体には大袈裟と言えるほどの頑丈な拘束具が、恐怖と危険性を証明しているようで痛ましかった。
「……歴代の守鶴の人柱力はここで暮らしていた。自分が人間だと言うことも知らずに兵器として育てられ、人権も、人らしさも与えられずに、一生でたった一度の外の世界を見る機会が、戦場で兵器として死ぬ時だった」
 悔恨、悲痛、相克。誰に言うでもなく独白のように風影は眉根をきつく寄せて言う。
「風影様――上役が我愛羅様の殺処分命令を下しました。近いうちに暗部が動き出します」
「お前はそれで良いのか」
「……どんな形であれ生きていて欲しかった。ですが、私がやらなければ他の者がやることになります。ならばいっそのこと、私が……」
「そうだな……こんな世界では、殺してやった方があの子にとって幸せかもしれんな」
 孤立を望んだ子が、人の輪に入ろうとした。夢を持ち目標を立て、前を向いて歩き出そうとした。
 父親である風影とのギクシャクした関係性も、少しずつではあるが和らいでいたのに、それなのに、我愛羅の中に封印された守鶴は、そのすべてを一瞬にして壊してしまった。
「何でこんなことに――あいつは、加流羅は無駄死にではないか……っ!」
 強化ガラスを打つ重い音が人気のない廊下に響いた。
 今更分かり切ったことを吐き出す風影に微かな苛立ちを覚えつつ、夜叉丸は絵空事を嘯いた。
「今更そんなことを言って何になるんですか……。私がもっと強かったら、義兄さんにもっと力があれば、この里がっ、我愛羅様に理解があったら! っ……こんな意味のない話はやめましょう、風影様」
 風影の悲痛。夜叉丸の苦悩。それでも選んだのは、里の『未来』。
 もはや我愛羅は居てはならないモノだった。

「私が我愛羅様を――」


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