リク | ナノ
 失楽園…13


頬にざらざらしたものが当たっている
それは細かく、湿り気を帯びて張り付いていた
耳の穴にまで入り込んで不快だ
同時にひやりとした液体が流されて侵入してくる


「…う」


鈍い意識を揺り起こし、アカギが重たい頭を持ち上げると風が凪いでいた。
髪が靡いて鬱陶しいのでかき上げると、手は砂だらけだった
頭が砂利っぽいのはこの手のせいだけではない
見渡すと一面の青と砂浜が広がっていた
押し流される感覚に振り返ると膝まで波が押し寄せていた
スラックスはぐしょぐしょで下着にまで砂が入って気持ちが悪い
自分は流されたのだ
数メートル先に転がる後姿を見つけてゆっくりと立ち上がる
頭が貧血の時のようにくらくらしてふらつく足取りを一歩一歩確かにしながら歩み寄った
狐は見るも無残な姿だった
白襦袢は砂や藻が纏わり付き、顔の半分がすっぽりと砂に埋まっている
呼吸ができているのか怪しい
首の砂を掻いて手を回し、引き上げるが砂の抵抗で思うように行かない
渾身の力を入れれば、勢いよく上体が飛び出した
だらりと首が垂れ下がり、水野の意識は無い


「…水野さん、水野さん」


頬を軽く叩いて呼びかけると薄らと目が開いた
胸に沢山空気を入れ、咳をする
水野は幾分か水を吐くと意識が戻ったようだった


「アカギさん、無事でしたか」

「ああ。同じところに流れ着いたのは運が良かったな」

「ええ」


嵐の中唸る海に飛び込んだのによく離れなかったものだ
同じように水野も砂だらけの顔が不快だったらしく、海水で口の中と顔、髪を軽く洗った
熱い日差しが降り注ぎ、アカギの髪は早くもごわごわし始めていた
海と反対の方を振り向けば、植物が生い茂っている
兎にも角にも、歩いて見て回らなければ始まらない
水野もわかっている様子で、元居た場所にその辺の枝を三本突き立て目印にすると海沿いを歩き出した
アカギも後に付いていく
二人とも気だるげに足を引きずるので裸足で砂を沢山蹴った


「有り合わせは何を持ってる」


アカギが隣に視線を移すのも億劫で前を向いたまま聞くと、水野は袖をごそごそやりだした
袂を探って出てきた右手が持っていたのは懐刀と濡れたマッチ、小さな賽子一つだけだった


「ドスは」

「重かったので海に捨てました」

「まあそうだろうな」


あんなものを抱えて長距離は泳げない
アカギもポッケを漁るが出てきたのは濡れてくしゃくしゃになった紙切れ同前の500円札一枚切りだった
歩きながら今後の動きを二人で考える
もしこのまま一周してしまえるような小島であれば、今度は中心に分け入って食料を探そう
途中で民家を見つければ重畳
日が傾くまで歩いて回りきれないような場所なら断念してこれまた食糧と寝床の確保
水野の刀は使えそうだから魚でもなんでも捌けるだろう
先はずっと平坦な砂浜だった
流れ着いた場所は歩いても回れてしまう小島だと判明した
先程の枝の場所から今度は森に足を踏み入れる
裸足では辛そうなのでその辺の葉で足を覆い、足首に蔓を巻くことでそれを止めた簡単な靴を作った
水野は丈夫そうな枝を見つけると先を小刀で削って尖らせアカギに渡した
葉が遮るお陰で日差しは殆ど気にならなかった
山なりの獣道を暫く歩きつめると鬱蒼とした森の中に湖を見つけた
水面は透き通り、日光を美しく照り返している
湖の淵に腰を掛けるのに丁度良かったので一休みすることにした
水野が周囲を気にしていると、アカギが不意に持っていた手製の槍を振り下ろした
先でそれなりに太い蛇が息も絶え絶えに体をくねらせている


「蛇は食えるよね」

「旨いですよ」


その場で水野が蛇を鷲掴み、岩の上に押し当てた
頭を切り落として血抜きをする姿を見て、流石のアカギも呆然とした


「…あんた結構逞しいよな」

「そうですか?」


笑顔の水野の指は鮮血に濡れていた



暗くなる前に本日のねぐらになる場所を藁の生い茂る草原に決め、果物や貝などの食料を調達した
日本に見られる生態系で知っている植物が多く助かった
枝に蔦を遠し、太い木片と十字に合わせたもので何とか火を起し、昼の蛇を丸焼きにした
夕飯は若いアカギには物足りなかったが、我慢をする
明日は獣でも捕ろう
掻いた汗は朝湖で流す
もうやることもないので早々に二人とも横になった
空は見たこともないほど透き通り、沢山の星が輝いている
一日島を歩き回ったが結局人っ子一人見つからなかった
人間の生活していた痕跡は皆無で、この島が何処にあるのかもわからない
流された距離はそう長くは無いので日本の本土からそう遠くは離れていないはずだった


「人の気がありませんね」

「ああ」

「貴方と二人きりになったんでしょうか」


世界も博打も人も因縁も全て失くして。

アカギに顔を向けられた水野の顔は穏やかだった
諦めたような、それでいて憑き物の落ちた清々しい表情を浮かべている


「本当にそうだったら、ガキのオレと添い遂げる?」


頬に手をやると水野はアカギをじっと見つめた
そうして瞳を覗き込むと、手に手を添えて微笑んだ


「ええ。身も心も貴方に差し上げましょう」


この場所での生活も思いの他悪くないと、アカギはそう思った





13歳と狐が無人島に漂着するお話

悪魔と狐にとって博打から離れることは人生の生きる意味を失うことも同然です。
そういった意味で二人の楽園は通俗のあるところにしか存在しえないはず…なのですが、二人だけの世界で何かを得たようです。楽園を失って、端から見ればより楽園らしい世界に触れるというパラドックスに陥ってます。
素人のサバイバル知識なので、火起し云々は大目に見てやってください。

改めましてリクエスト、ありがとうございました!
花明翠季様に捧げます。





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