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 2019/1/1 大晦日

頭部だけが妙に冷やされている覚えを感じて、アカギが瞼を開けると畳が視界に入った。
何かが焦げる臭いが僅かに鼻に付く。
身を起こして、なるほど自分は炬燵に入っていたのだと気がついた。
ぽちゃぽちゃと卵を景気よく混ぜる音に目をやると割烹着姿の背中が見える。


「今何時」

「七時前です。あーた、代打ちからお帰りになったと思ったら、手も洗わずに炬燵にぱったり。それっきり一回も起きませんで。よっぽどお疲れだったのですね」

「そうだったか…雑煮?」

「ええ」


アカギが水野の背に立つと、鍋が火に掛かっていた。水野が魚焼き機を引くと、中で並べられた餅が良い塩梅で膨らんでいる。
焦げ臭い匂いの正体はこれだったのだ。
手際よく狐が餅を雑煮に投入する様を背中越しにぼんやり観察する。


「そういえば、今日出先でも雑煮を食ったんだけど、あんたの作るのと味が違いすぎて言われるまでわからなかったんだ」

「ああ、あっさりした味付けだったのでしょうね。私の作る雑煮はしょっぱいですから」 
「うん」

アカギが汁椀を下から取り出してやると、雑煮を狐が盛り付ける。

「お風呂に入られては?」

「いや、先に飯」

「手ぐらい洗ってください」

「はいはい」


雑煮に柚子の皮を小さく剥いて装えばすぐに完成だ。
溶いておいた卵を卵焼き機に流し込むとジュウと旨そうな音が経った。


「これは並べとけばいい?」

「ええ、お願いします」

アカギがほうれん草の白和えややっこ、箸や湯飲みを淡々と置いていく。水野もちゃっちゃと厚焼きを盛り付けて、炬燵に着いた。

「頂きます」

「頂きます」


一度料理に箸が入れば、元々そう多くない会話はぱったりと止んだ。
取り皿に箸が当たる音が時々聞こえるだけで、外はしんとしている。
口に暑い雑煮を掻き込むと炬燵の暑さも手伝って、身体はどんどん火照っていく。
アカギは最後の雑煮の汁まで飲みきって箸を置いた。ほうと一息付く。実に良い食べっぷりだ。ご馳走様と二人で静かに手を合わせる。


「…初詣、行くかい?」
「今年は三が日の間に行ければいいですよ」
「そう」


姿勢を崩して、後ろに手を付く。


「そういや、帰りに酒持たされたな」
「玄関のあれですか?」
「うん」


アカギが炬燵を一旦出て、一升瓶を持って帰ってくる。戻りついでにグラスも手に取っている。


「…あら、随分いいものをくれたんですね」

「銘柄なんてとんとわからねえが、そうなの?」

「ええ。あーたの働きぶりがわかりますね」

「そんな大層なもんじゃないさ」


水野が袂から取り出したセブンスターを咥えて、マッチを擦った。独特の火薬の匂いが鼻孔を擽る。
アカギが一升瓶の封を切って、透き通った液体を勢いよく注いだ。
ズボンのポケットに自分のハイライトを仕舞いっぱなしにしていたことを思い出して、手で探るとソフトの箱はくしゃくしゃになっていた。


「あらら、やっちゃった」

「私ので良ければ吸いますか?」

「頂戴」


てっきり自分の煙草を新たに取り出すだろうと思っていた水野が箱に手を掛けると、予想外にもアカギは既に火の灯っている煙草を水野の口から抜き取った。


「あら」


アカギはなんでもないように流し目で一服して、水野の口許にそれを返す。


「有難う」

「新しいものを差し上げましたのに」

「いいよ、風呂に入るし」

「そうですか」


よく見れば、二つのグラスうち一つにしか日本酒は注がれていない。


「買っておいた酒もあるんだろ。俺が風呂に入ってるうちにたんと飲んどいてね」

「仰せの通りに」

酔わせようという魂胆が見え見えなのだが、水野が承諾するとアカギは気を良くして廊下の暗闇へ消えた。
グラス一杯の酒を一気に煽ると、額が熱くなった。
時計を見るとまだ9時にもなっていない。
どうせ酔ったら酔ったで訳のわからないうちに、花なりなんなり博打をやらされるのだ。

まだまだ先は長そうだ。酒の肴でも作っておこうか。

アカギが戻ってくるのを心の何処かで待ちながら、狐は頬杖を付いた。




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