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 大雨…13

パチン

「あっ」

「あらら」


弾けるような音と共に辺りが闇一杯に包まれる。
ブレーカーが落ちたのだ。
締め切った硝子戸には雨が打ち付け、風でがたがた悲鳴を上げている。
水野が側へ行って、外の様子を確かめるとどんよりとした空が怪しい藍色に染め上げられている。
空ばかりが妙に明るくて草木は灰色の輪郭を残すばかりだ。
激しい雨が地上で沼のように溜まっている。
関東地方を記録的豪雨を伴った大きな台風が直撃していた。
硝子を伝う雫が斑文となって水野をてらてら照らし、水野を海の底にいるような気分にさせる。

アカギと水野は卓袱台について、思い思いにのんびりしていた。
逢魔が時に差し掛かろうという時刻にしては暗い夏の日だった。


「…アカギさん?」


気がつくとそこに居たはずのアカギの気配が無くなっていた。
ブレーカーを上げに行ったのだろうか。
家の中はしんと静まり返り、夏独特の湿気った冷たさをしている。
水野の立っている戸の辺りを除いて、殆ど部屋は見通しが効かない。
何処かで家鳴りが聞こえた。アカギの足音だろうか。
卓袱台に座って茶でも啜っていようと一歩踏み出した水野に耳元から囁くような声が聞こえた。


「水野さん」


ぴくりと水野の体が跳ね上がる。
ぽふりと後ろから抱き付かれ、アカギの頭が水野の肩甲骨の辺りに当たった。


「ちょっと驚かしてやろうと思って、びっくりした?」

「そりゃあもう」

「ふふ」


ぐりぐりと頭を押し付けてくるアカギに好きにさせてやっていると、飽きたのか腰に巻き付いた手が離れて行った。
なんだか名残惜しくて、その手に触れると意外にもぐいと引っ張られた。
予想だにしないことに水野はバランスを崩し、畳の上に倒れた。先程までアカギが使っていた座布団が丁度敷いてあって体を痛めることはなかった。
アカギの気配を探すために体を起こすと思っていたよりもずっと側、すぐ目の前にアカギが覆い被さっていた。


「この車軸を流すような大降りだ、お天道様も見てねえよ」


ね、とアカギは水野の頬を節立った指で撫でる。
アカギが何を言おうとしているのか、わからない振りをするほど水野は野暮ではない。
この男のスイッチが何処で入るのかは本当にわからない。
さて、どうやって切り抜けようかと水野が考えを巡らせているうち、痺れを切らしたアカギの顔が今にも触れそうな程に近づいている。
いくらアカギの望みとは言え、相手は未成年である。浮き世を生きる自分達ではあるが、水野としては色々と思うところがある。
全く学生のくせして何処でこんな誘い方を教わってきたのか、それが様になるのがこの悪魔の恐ろしいところである。


「っ冷た」

「え」


アカギの頭を触って確かめると、髪の毛が濡れている。
この大雨で雨漏りしたのだ。まさかよりにもよってアカギに当たるとは。


「っふふ、面目丸潰れですね」
「…」
「ふふふふ、お天道様が止めてるんですよ」
「ちぇ」


見やれば、雨が池のように庭に溜まり始め、どうどうと流れが出来ている。
また垂れてきて畳に染みでも出来たら大変だ。
水野は適当な受け皿を探すべくアカギの腕をすり抜けて立ち上がった。
次いでにブレーカーも上げに行こうと、狐は台所へ向かった。






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