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 木蓮…19



あの家は春先、開け放った硝子戸から風に紛れて甘い匂いがよく吹いてきた
ガキの俺はいつだか鼻に付くその匂いを追って庭へ出たことがあった
強い芳香は風上の縁側辺りから漂っている
目をやると丁度水野が竹箒で庭に散った花弁を集めていた
この小料理屋の庭には水野が好んで沢山の植物が植えられ、四季折々に花をつけていた
植物たちは我もの顔でいつでも誇っている

香りは恐らく水野のものではない
これのものであるならば、家中に漂っているはずである

念のために、ずいと近づいて襟元に鼻を寄せる
やはり違う
香りは水野に近づいても強くならず、靄のように辺りに霧散している
離れればきょとんとした狐の顔があった


「 どうしたのです」

「ちょっとね。最近部屋中に甘い匂いがするだろう、あれが何処からしてるのかと思って」

「ああ、でしたら木蓮ですよ」

「どれ?」

「これです」


人差し指がひょいと真上を指して見せる
風が何処からか靡き、まるでその樹木が存在を主張するようにざわざわ揺れた
狐の背後には枝に白い大輪を沢山の付けた木があった
枝先は狐の頭上まで伸びやかに広がっている


「清らかで美しいでしょう」


誉められて嬉しいのか、木蓮は枝の花弁を主人の上に散らしてみせる
狐はこんなものにまで好かれているのだ

あーたの髪の色にも似ていますね。
その一言が癪に触ったのだろう、それからというもの俺が近付くと何時だって木蓮は顔を背けて黙りだった。




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