次は体育か
アカギは着替えを持ってきていないので、早々にサボることに決めた
数学の教師が去ると、教室に活気が戻る
隣の水野が気だるげに立ち上がった
廊下を歩く背中は教室の壁に遮られ消える
誰も彼に声を掛けない
他のものは体操着を取り出して着替えに向かっていく
アカギは屋上へ行くことにした


扉を開けると風が校内へ吹き入る
向かい風が激しく白い髪を撫でた
踏み出すと頭上からお、という声が降ってきた
見上げると貯水槽によりかかる水野が居た


「赤木しげるだ」

「あんたもサボり?」

「そうだよ」


指先でひょいひょいと手招きするので、鉄の梯子を登る
隣に座るとポケットからココアシガレットを差し出される
大人を模した紛い物


「…なんだ、その程度か」

「こっちの方が良かったかい?」


そういってもう一方のポッケからマルボロを広げて見せる
本数は半分以下だ
なかなかやるじゃない
悪ぶりたい人種でも無さそうだ
煙草の匂いが付くと教師に捕まって面倒なので偽物の方を取った


「よくわかってる」


水野もココアシガレットを取り出して噛んでいる
教室にいる時もそうだが、こいつは実につまらなそうにしている


「さっきオレになんで学校に来てるって質問したじゃん? お前は学校に行かない間、何をしてるの」

「一緒に来る?」


自分は賭博で世界を変えた
こいつはまだ世界を変える手段を持っていない、それを探している
自分と似ているが、何かもうひとつ違うものを持っている
試しに自分の世界に引き込んでみようと、何故かそう思った


「うん、行く」


普通はここで引き下がるものだ
自分には良からぬ噂が校内で囁かれていることをアカギ本人も知っていた
意外にも快諾だった
水野は仄かに笑って見せた
純粋に喜んでいるよりは、自嘲気味に闇に飛び込むようなそんな笑い方だった





雀荘を出てくる頃には日が暮れていた
水野の打ち筋はは張りはあるが、引きが足りない
博打に特別向いる方ではなかった
しかし、覚えは早い
金を掛けても大きく張れる度量もある


「大分擦っちゃったなあ」

「いいよ、殆ど俺が取り返したし」

「こういうことしてたんだな」

「もっと大きな勝負もたまにする、それこそ命を賭けるような」

「よくわからないけど、お前が楽しいならいいんじゃね」


アカギが内心驚いて隣を歩く顔を見る
その場しのぎで言っているのでもない
認められたのは初めてだった
皆理解に苦しんで壁が出来るか、損得で利用するかのどちらかだった
何かこいつにも理解されないようなことがあるのだろうか



次の日にそれは明かになった
アカギはたまたま朝早くに目を覚まし、何をするでも無し、また学校に行く気を起こした
本当は少し水野のことが気になったのもある

出席で名前を呼ばれて返事をしたのはいつぶりだろうかとアカギが考えていると水野もよ子の名で順番が停滞した
教師が何度も名前を呼び、隣の水野がやっと手を上げた時、アカギは全てを理解したのだ

こいつは女なのだと

決して飛び出た性格ではないのに周囲から向けられる不審の目
全てはここにあったのだ


「あんた、女だったんだ」

「まあね。中身は男よ」

「ふーん」


所謂性同一性障害の一つなのだが、アカギにはよく理解が出来なかった
昼休みの時間に早速気になる点を聞いてみる


「体は女だけど、男ってことは友達は男の方が良いってこと?」

「そう。ただ、体と心が逆なせいか、人を好きになったりしたことがないし、女を見て興奮もしない」

「へえ。男になりたいの」

「なりたい。でも手術とかはしない」

「背格好は男の方がいいの?」

「お前だってスカート履きたくねえだろ」

「そうだな。そんな感じか」

「そんな感じ」

「体育とかどうしてるの」

「全部ばっくれてる」


ポケットから今日はおはじきが出てきた
掴み取りをして、じゃらっと机に広げると弄ぶ
回りにそんな人間がいたことがないので珍しかった


「お前、食い物は」

「持ってきてない」

「いる?」


未開封の菓子パンを差し出されたがすぐに断った


「いらない」

「この前の賭け麻雀の負債分だと思ってよ」

「そういうことなら」


有りがたく頂戴


放課後、水野が柄の悪そうな男達に呼び出されていくのをアカギは横目に見ていた
校舎裏とは捻りが無い
二階から見ていると水野は胸ぐらを捕まれて壁に押し付けられた
嫌らしい笑い声を上げながら身体検査だのなんだのとシャツに手を掛けた不良は次の瞬間に前ぶれなく倒れ込んだ
腹を抱える姿に仲間達がぎょっとして水野を見るとその手にはカッターがあった
踞るその不良を蹴り上げて仰向けになったところで馬乗りになり、逆手に持ったカッターを降り下ろす
カッターは顔の真横の土に突き立てられた
自分の顔が傷つけられると錯覚した不良は恐怖のあまり卒倒した
ここまで仲間を痛め付けると回りも恐ろしくなる
いつの間にか他の人間は居なくなっていた
見せしめには良いやり方だ
水野は取り出したハンカチで刃物の血を拭うと、転がっている男を背負ったので上から声をかけた


「どこ行くの?」

「保健室」


事が荒立つ前に先手を打つ寸法か、しかも慣れている
年の割に冷静な判断にアカギは舌を巻いた


「手伝う?」

「うん、手伝って」


体は女なので水野に気絶している男を運ぶのは難しい
意地を張らずに頼むのは計算からだ
きっと校舎裏に呼ばれた時から全て折り込みずみ
二人で保健室へ付くと保険医が目を向いていた
何せ血が制服に染み込んでいる
水野は友達が遊びで誤ってカッターを腹に指したことにしていた
アカギも話を合わせることにする
慌てて保険医が止血をし、不良をベットに寝かせる
水野は心配だからとベットの側で意識が戻るのを待っていた
そうして男が目が覚めるとカーテンでベットが仕切られ保険医の目が無いのを良いことにカッターを首に当てて耳元で呟くのだ

次喧嘩を売ってきたら殺す、と

この歳なら大抵はこれで震え上がる
案の定不良は涙ぐんで頷いていた
鮮やかな手並みに水野のことをアカギは認めつつあった
そうしてもう少し彼の世界に触れてみたいと思ったのだ


「血で汚れて目立つな」

「知り合いの家が近いけど、来る? 其処で洗濯させてもらおう」

「うん、行く」


15分後、南郷は玄関先で血が染み付いたシャツの二人を見てぎょっとすることになる



戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -