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夜半、アカギは眠れないで六畳半の天井を見つめていた

今日は、店の方が休みで辺りはしんと静まりかえっている
家主は店の外の階段に続く二階に住んでおり、この練にいるのはアカギだけである


ほぼ居候のアカギに店の方を任せるのは少々無用心ではなかろうか。

元々貸家だったであろう家をまとめて買い取ったための、妙な生活
アカギのいる部屋の横には似たような構造の部屋が襖を隔てた先にある
元々は二階にも客を入れていたらしい


乾燥した空気に喉の渇きを覚えてかけた布団を押しやる


障子を開けて降りた廊下は冷え冷えして、足の裏がつんとした
水を求めて一階へ、静かに降りる
一階の畳に親指が触れたとき、頬を冷たい風が撫でた


風上で縁側に向かう引き戸が開いていて、水野が腰かけていた
半纏を羽織り、ゆっくりと煙草を飲んでいる
側にはお猪口と徳利、月見酒である


「水野さん」


少し驚いて振り向いた水野の顔が月明かりを照り返している

煙草の煙がこちらに流れてアカギの鼻に触れた


「眠れないのですか?」

「どうもね、喉が渇いて」

「何か用意しましょう」


そういって、立ち上がろうとする水野の隣、一人分空けてアカギが腰かける


「これでいい」


飲みかけのお猪口を一気に煽って一息


「…不味い」


口を真一文字にして呟くアカギに水野が薄く頬笑む


「貴方にはまだ分かりませんか。」


立ち上り、薄暗い厨房に消えていく水野を背に空を仰いでいると、風が吹き抜けて、身震いがした
厨房からは瓶の蓋を開け、何かをくり出すスプーンが瓶の内に当たる音がした


「寒いでしょう」


盆に乗った湯飲みをアカギに手渡して、水野も縁側に着く
中を見ると湯気立つ、透き通ったの液体。
黄金色が水面に揺れている


「これは?」

「生姜湯です」


湯飲みに映る月を食む
高温のために一度にあまり多くは飲めない
独特の風味ととろんとした甘味がした


「…甘いね」

「蜂蜜が入っていますからね。」


生姜湯を飲む音と水野が煙草を灰皿の縁に叩く音だけする
縁側の下から風がそよそよ吹き出て、浮き足立つ



夜の空気にそっと乗せるように、水野が呟いた


「アカギさん、いつも着ている制服は一帳羅なんですか。」

「そうですよ」


少し思案してから、アカギの方を見て次の言葉を紡ぐ




「でしたら、今度防寒具を買いに行きましょう。貴方の日用品も少し揃える必要があります」




思ってもみない誘いに
月を見ていたアカギも思わず水野と顔を見合わせた





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