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戸を閉めて、居間に入る

家に帰ってもアカギの熱は冷めなかった
歩いている間にどうにかなるだろうと思っていた水野はいよいよ逃げられない状況に置かれ、冷や汗を掻いた

勝負を仕掛けられたら腕の一本や二本飛ぶやもしれない


「水野さん」

「はい」

「勝負とそうじゃないこと、どっちが良い。選ばせてやる」

「…後者を具体的に聞きたいのですが」

「俺の家に布団は一組しかない」


つまり、そういうこと


非常に困った状況になった
下手をするとどちらを取っても同じ結果になりかねない

時間を稼いで頭を冷やしてもらわねば


「取りあえず、お風呂お借りします」


背を向けて廊下に向かおうと取っ手に手をかけた水野に、後ろから覆い被さるようにアカギが襖に手を置いた

水野の右側にはアカギの腕があり、左の耳にその声が寄せられる


「…なるほど。後者ね。」


アカギから直接性欲を向けられたのは初めてだった
麻雀でそういった欲も消化しているのだろうと思っていた


この悪魔にも情欲はあるのか


アカギの容姿ならその気になれば引く手あまただろう

背を向けたまま会話をする


「何を考えているのですか」

「結構辛抱強く待った方だと思うよ」

「色々とすっ飛ばし過ぎでは」

「なんなら、今から一通りしようか」


左の脇腹を撫でられた

アカギは本気である
こうなってしまっては冗談では済まされない
水野の思考は回転し続ける



黙ったままでいると、痺れを切らしたアカギに手を強い力で引かれ、居間を抜け、寝床の布団の上に押し倒された


とても既視感があった
前と違うことは、刃物に手を添える隙も無かったこと


アカギと見つめ合う
水野ははなっからそういったことを求めていない



長い沈黙が、のし掛かる



「…そういう目で見られたいんじゃない」


アカギが初めて失望の色を浮かべた
水野が追い付くまで、ずっと待つ気でいた
しかし、いつ消えるともわからない生き方がアカギを急き立てる



離れようとするアカギの下から両手がゆっくり回される
アカギを引き寄せて、そっと呟いた


「貴方はいつも心をくれますね。」


私も少しは返せるといいのですが。


狐は薄く笑っていた

あの心を喰うことを生業としている悪魔が自分に耽溺している
水野自身も困惑していた、どうしたらいいのかわからなかった
普段あまり物事に囚われない自分が、アカギのことで悩んでいる、それだけが事実


「もう少しだけ、待っていてください。…返します、必ず」


受け取るものと相応のものは返されねばなるまい
アカギは聡明であるから、何を言っているのか理解してくれるだろう


「悪いが、この状況だとあまり我慢が効かない。…ちょっとだけ貰うぜ」


水野を腕に閉じ込めて、口付けをした
意味もなくしたのは初めてだ
啄んで唇の感触を楽しんでから、唇を薄く開いて舌を水野の口に差し入れる
一瞬、水野は静止したが、その後そっと自分の舌をアカギのものに触れさせた
調子に乗ったアカギの舌が口内の色々な場所をなぞる
上顎を舌でなぜられると、えも言えぬくすぐったさがある
耐えられなくなって、腕でアカギを押し退けた


「……据膳食わぬは、」

「お風呂、入ってきます」


アカギの下をするりと抜け出して風呂に向かう一連の動作は見事なものだ

逃がした魚は大きいが、水野の考えが理解できただけで満足だった
これ以上の見返りが無いとしても、本当に側にいるつもりなのだと確かめることができた

あの往なすことが得意な狐が性格に反して、アカギに真摯に向かおうとしている
それが、今後も共にあろうとする努力故だということは言うまでもない。


もう言葉は必要無かった






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