2-1
「祭りに行こう」
「あら」
「なに」
「いえ、意外に思いまして」
「そう?」
「人混、お嫌いでしょう」
「あんたも嫌いそうだな」
「ええ。いつです」
「今日」
時刻は既に15時を回っていた
昔からそうだが、時々突発的に水野を外出に誘ってくる
アカギは水野の家に居着いてしまって、一向に出ていく気配がない
日がなぼーっとしていて、たまに電車で都内へ出掛けていく、そんな生活を送っていた
水野も水野で小料理屋も営まずに家事に勤しんでいた
代打ちを引き受けていた時の貯えがたっぷりあるのだろう、金銭に困っているようすは微塵もない
水野は立ち上がると自室のある二階へ登った
自室は化粧台と布団、文机くらいしかない簡素な部屋だ
服も多くを持ち歩くと邪魔なので数着しか着続けているものはない
その中でも最古参、淡い紫陽花をあしらった白い着物を選んで袖を通す
帯は濃い紫色、帯締めは赤を選んだ
文机にある根付付きの扇子を帯に差し入れ、財布と煙草を袖に入れる
仕舞いに羽織を来て、部屋を出た
「もう出られますよ」
水野の支度は相変わらず早い
アカギはいつも通りの私服で水野を待っていた
「行こうか」
玄関を出て、水野を後ろに乗せサドルに座った
青空の元、自転車が畦道をすいすい進む
「どこの夏祭りですか」
「駅の先にデカい神社があるでしょ、彼処」
「ああ」
日差しは強いが、汗を冷やす風が気持ち良い
水野が掴まるアカギの肩も汗をかいていた
行く手に麦わら帽子、白いタンクトップを着て、車輪がついた保冷箱を引いている男性を見つけると、水野がアカギに声をかけた
「止まってください」
男性からアイスキャンディを受け取り、また自転車が出発する
水野は涼しげに荷台でそれを食べていた
自転車は駅を大廻りして、神社に向かう
既に始まっているであろう祭りを目指して浴衣の女性が男性と、或いは女性同士でちらほら歩いている
ビニールの中に金魚を下げた子供ともすれ違った
コンクリートの上に落ちた林檎飴が悲しい
空は暮れ始めていた