6-3
「その左の薬指はどうしてないの」
風呂を済ませてから寝るまでの間は特にすることもなく暇だった
麻雀は二人では出来ない
結局二人とも縁側で月を見ながらぼうっとしていた
水野の隣で何をするでもなく過ごすこともアカギば嫌いでは無かった
たまに思い出したように話をするのも
縁側から見る庭には、小高い木が生い茂っており、その奥には途方もない闇が広がっていた
それは出会った時からずっと引っ掛かっていた質問だ
水野が博打で負けて取られたのだとアカギは踏んでいたが、本人の口から真実を聞きたかった
「始めて会った時から、ずっと聞かないでおいてくださいましたね。」
「あんたがいずれ話すと思っていたから。でも良い機会かなと思ってさ」
「そうですね。あーたはもう大体わかっているのでしょうけれど、幽遠寺さんのところで昔代打ちをやってましてね。大きな勝負で負けたんですよ」
どこか懐かしそうに遠くを眺めて水野はあらましを滔々と話始めた
それは名のある組同士の直接対決だった
表向きは親睦会で行われたその勝負は、今後の上下関係を決定する大勝負
双方が抱える一番の代打ちの一騎打ち
当時の水野は前組長、枡視の父親が率いる幽遠寺組に身を置いていた
麻雀の腕も見込まれてお抱えの代打ちの中では一等信用されていたので、その勝負も水野が引き受けることになった
相手も麻雀の腕はトップクラスと言われ、厳しい戦いになるだろうと水野は聞かされていた
嫌な予感はしていたのだ、名のある雀士、しかもトップクラスとなると数えるほどしかいない
対面をして始めて相手が誰かを知った
川田組の市川だった
水野は市川とも親交があり、彼を師のように慕っていた
組長の配慮で相手の情報は伏せられていたのだ
だが、その方策が災いし水野は失意の内に破れた
市川への情を捨てきれず、イカサマを見咎められたのだ
ヤクザ相手に不正など許されない
水野がその場ですぐにでも殺されようというところで市川が言ったのだ
儂が薬指を詰めるさせると
市川は川田組でそれなりの立場があったので、揉めに揉めた結果その処分が通り、市川自らの手によって水野の左の薬指は落とされた
異例の軽罰だが、組織で水野は立場を失い組を離れた
話を聞き終えたアカギは血が煮立つほどの嫉妬に駆られていた
市川が水野と勝負をし、あまつさえ一生彼を忘れられないほどの欠陥を与えたこと、それがアカギの激情を引き出した
どくどくと体のどこかが脈打っている
アカギの目は鋭い殺気を帯び、市川にしか無し得ていないこと以上を自分は実行しようと決意させた
平静を装っているのは顔だけであった
「水野さん、この前の花札勝負をしよう、今すぐ」
有無を言わさない圧力で言葉が紡がれる
それは本当に水野にかけている言葉なのか定かではなかった
それほどにアカギは自分の気持ちに付き従っていた
まずのその第一段階
家に花札はあった、時間もある、邪魔は入らない
「…いいでしょう」
負けたらきっと殺される、水野はそう思った