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アカギが家に帰って来ると店の方の明かりが消えていた
午前中から外出をして町をぷらぷら歩いてきただけなので、日は赤く染まってもうすぐ沈もうかとしている頃だ
今日は営業日なので、いつもなら家主は厨房で仕込みをしているはずである
水野は律儀なので、帰る時間に外に出ることがあれば必ず朝伝えてくる


何かがおかしい


アカギの直感が何かを警告をしている

おや、と思い引き戸を開けたアカギの眼に飛び込んで来たものは、血痕だった
玄関、土間、厨房など至るところに血が飛び散っていた
畳に残る刀傷から水野がここで何者かの襲撃を受けたことがわかる
この出血量、水野も無事では済んでいない


あの人はどこに?


アカギは弾かれたように家を探した
自分の部屋は無傷
水野の部屋には姿どころか、争った形跡がない
途中で水野の死体が転がっている想像が拭えずに、冷汗が出た
一通り探したが、やはり人っ子一人居なかった


では外か
隠し持っている銃に予め弾を込めて、アカギは外へと走り出した
心当たりのある場所など、一つもなかった
思えば水野のことをほとんど知らない

今まで歩いたことのある道を兎に角走り回った
刻一刻と水野の命が流れ出ているのだと思うと冷静な思考は吹き飛び、アカギをただ危機感だけが突き動かした
商店街、公園、百貨店、走りに走って体力尽き、人込みで膝に手を置いて俯く
心臓がばくばく煩い
煩わしさにかぶりを降った時、アカギのいる大通りを外れた路地の隅に着物の裾が見えた
もしやと其処へ駆けると、座り込む水野の姿があった
ドスを何時でも抜けるように構えていたので危うく斬られそうになったが、その前に水野がアカギを認識した


「…あーたでしたか」

「動ける?」

「怪我は大丈夫です。ただ、この格好だと目立ってしまって…」


着物には大量の血が染み付いている
殆どが返り血だろうが、水野が出血していないとも限らない
着物はすっぽりと姿を隠してしまうので目視ではわからなかった


「着替え適当に買ってくるよ」

「お願いします」


アカギは大通りを戻るとブティックを見つけて適当に洋服を見繕う
黒のロングスカートとYシャツを買った
黒ならば血が染み込んでも目立たないだろうという配慮からだった

路地に戻り服を手渡すと水野はさっさと帯締めや、枕に手をかけ人目を憚らずに解き始める
物陰なので大通りの人間にはあまり見えないだろうが、あまりにも羞恥心がない


「持っていてください」


脱いだ服を次々アカギに手渡して、襦袢だけになるとスカートに足を通した
流石に上を脱ぐときはアカギに背を向ける
引き下ろされた襦袢から現れた背中には大量の古傷があった
Yシャツを着るまでのほんの一瞬であったが、火傷、切傷、刺し傷、さまざまな症状の傷が鮮烈にアカギに焼き付いた
先に受けたであろう傷は背中に見当たらなかった

アカギから脱いだ着物を受け取って、大通りに出る
丁度通りかかったタクシーを捕まえた


「家に誰か居ましたか」

「いや」


さっと乗り込み家の住所を伝える
最低限、財布だけでも手にしなければこれから先どこにも行けない
家に着くと運転手に待っていてもらうように言って、荷物を取りに行った
水野は二階に、アカギは店へ

アカギはボストンバックに現金を詰め込んだ
私物で持って行く必要のあるものはない
困れば後で買えば良い

階段を下り、厨房が視界に入った瞬間
水野と日用品を揃えに行った時に購入した箸を思い出した
購入を勧めたのは水野だった
色や形もよくわからないから商品選びもあの人に任せた
その箸が惜しくなった
思いがけず足を止めると、玄関が勢いよく開いた


「アカギさん」


水野が呼んでいる
いつここを襲った人間が戻るともわからない
急いで玄関へ踏み出した
この家を捨てるのだと思うと、なんとなく後ろ髪を引かれる思いがした


いざ、タクシーに乗ろうというところで、突然水野が立ち止まった


「っ、何?」

「…今回追われているのは私なんですよ。」

「だから?」

「ですから…あーたはもう他所へ行ったっていいんです」


それはこれまでの契約を終わらせることに他ならなかった
息も絶え絶えに振り返り、アカギの感情を見逃すまいとじっと目を合わせる水野
ついていくことはリスクが伴う
相手は此方を殺す気で狙っていのだ


「行き先を行ってくだされば、途中で下ろします」


選択をアカギに迫っている

ただ、瞳の何重もの奥の底、宿る色が気丈な態度とは裏腹に揺らいでいるように見えた
それは本来は殺したはずの剥出しの感情
無頼の強さとは相反する
水野から初めて垣間見た本当の心
色はアカギを捕らえる

この人も少なからず俺を必要としている

その実感がアカギを恍惚とさせた
声が上ずりそうなのを抑えて、音を紡ぐ


「…まだ、あんたと花札、してないからね」


水野の手を引いて、迷わずに車に乗り込んだ
運転手に水野が行き先を伝えて、車が走り出す


「どこに行くの?」

「軽井沢へ」


前に言っていた別荘か
ここからは長旅だ
あれだけ動き回れるのなら大きな怪我もしていないだろう
問いたいことは沢山あったが、取りあえず一息着くとこにした







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