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夜、今日は水野が縁側で酒盛りをするのを知っていたので風呂から出ると、アカギは縁側へ座った
半纏はまだ脱げないが以前よりは暖かくなってきた
庭には一本、桜が植えられている
満開とはまだいかないが、花を咲かせているものもある

厨房では水野が今宵の肴を手作りしている
温められたフライパンに何かが勢いよく注がれてジュウジュウと焼ける音がする
匂いはアカギのところまでやってきた
だし巻き玉子か。
これは水野の得意料理である

暫くすると熱燗とやはりだし巻き玉子がやって来た


「はい」


アカギに昆布茶を手渡して、水野も隣に座る
早速玉子を箸で一口大に割いて食べ始めた
箸がもう一膳あるので、アカギも食べる
ふわふわした食感が口に広がる
程よいしょっぱさと中に入っているネギが割と気に入っていた
水野は熱燗をお猪口に注ぐとゆっくり煽った
そこで煙草に火を点ける
ピースの香りが広がった

月明りが桜を艶かしく照らしている
煙草を吸い込む度に膨れる火種が眼に移って水野を妖に見せた
相変わらず浮世離れしている

ふと、水野はアカギの方を向いたかと思うと手を伸ばしてきた
そのままでいると髪にちょいと触れて、離れる
その手には花弁が乗っていた


「そうしていると桜の精か何かのようですね」


同じことを思っていたらしい
摘まんだ花弁を手放すとアカギの頭をそっと撫でた
アカギが意識のある内にそうするのは初めてだった
南郷にも撫でられたことがあるが、それとはまた違った温かさがある
手から温もりが伝わってアカギの心まで広がる
昆布茶を啜り、ふうと一息ついてからアカギは水野に話しかけた


「あんたといると俺が俺であることをたまに忘れちまう」

「どうしてですか」

「妙にあったかいから」

「それは…」


それは家族などに感じるものじゃあないかと遂に言えなかった

風雲児のアカギにそれを伝えるのは酷だと思った
余計な楔をこの男に着けたくない
昇華された異形に不純物はいらない
葛藤は手を鈍らせる

きっとこの私の考えは矛盾をしている
手ずから与えておいてその真意を伝えないなど、なんて自分勝手なのだろう

いずれこの人は此処を出ていく
これだけは確かな確信としてあった

それでも少しだけ触れて欲しかった、人の情に。


「ねえ、今度花見に行こうよ」

「ええ、いいですよ」


アカギが自分なりに整理がつけばそれでいいのだが、そうでないのならそろそろ潮時やもしれない
人になりつつあるものに、曖昧な笑顔しか水野は向けることが出来なかった







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