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赤木しげるが目を覚ますとまず見知らぬ天井が目に入ってきた
辺りを見回すために起き上がると、途端いたる所から鈍痛
特に頭痛が激しく、思わず頭を押さえて伏してしまう
痛みの中でそれでも目を細め周囲に気を配る
そこは畳六畳ほどの和室であった
化粧台、押し入れ、囲碁盤、灰皿、文机、あるものはその程度で、背後の障子は締め切られている
右手には格子窓、左手は襖、この襖によって隣に部屋がもう一つあることが予想される
なんでもない一般的な部屋である
丁度背後から、階段を上ってくる足音が聞こえる、なるほどここは二階で障子の先は廊下になっているのか。
赤木が足音の主の様子に意識を向かわせていると、後ろの障子が静かに開かれた
「あら、起きてらっしったのですね」
凛とした声の長い黒髪を後ろに結った女だった
赤木の傍に正座をして、持っていた盆を置く
盆には浸した手拭い、包帯、湯呑が乗っていた
「ここは?」
「私の家です」
「そう、世話になったみたいだな。俺は赤木しげる」
「水野もよ子と言います。アカギさん、随分とこっ酷くやられましたね、背中や腹なんて痣だらけですよ。さ、脱いでください」
血塗れの学生服は寝ている間に着替えされられたのだろう黒地の着流しになっていた
包帯は一人では巻けないから、大人しくなすが儘にされる
腕を回す水野の左手の薬指が無いことに気が付いた
その瞬間にこの女にどこか自分に似た気配を感じ、背筋がぞくとする
「水野さん、左手の薬指は、どうしたんです」
「初めて会う人は大概遠慮して聞かないものですよ。…そうですね、若い頃ちょっとした不注意ですっぱりとやってしまったんです」
どこかで聞いたことのあるような台詞
「左手の薬指なんて女の人だったら特に大切だろうに。不運でしたね」
「ええ」
そう簡単に尻尾は出さないか。
赤木は自分の直感を信じてかまをかけてみるが、さらりと流されてしまう
薬指の第二関節から先だけが事故で無くなる筈がない
小指や中指に傷はない
切れ味が良くある程度の重みのある刃物で躊躇い無く切られなければ、薬指だけ切り口があのように真っ直ぐにはならない
その傷は明らかに人為的につけられたものだ
何がしかの重い折檻、逆恨み…そのくらいしか理由は見つからなかった
アカギの生きる世界では賭博の末にというのも考えられるが、この女からは今のところ考えられない
兎にも角にも、体を戻さないことには始まらない
「お腹が空いたでしょう、朝食を持って来ますね」
笑った顔が狐の様な薄気味の悪い女だった