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*名前の付いたオリジナルキャラクターが出ます







旅行から数日


店の戸を叩く音が突然響いた


玄関の前には数人の気配がする

丁度アカギは縁側に座り、水野は皿洗いをしてた
少なくともアカギが来てから、訪ねてくる者など今まで一人もいなかった


「…アカギさん」


水野が二階へ行くように注意深く目配せをした
顔付きからもわかる、心当たりの無い来客だ

遂に自分の居場所が見つかってしまったのだろうか
ここから川田組の縄張りまではそれなりに距離があるのだが、雀荘であれだけ暴れまわっていれば可能性は十分にある
或いは雀荘で出来た因縁がここに流れ着いたか

水野は普段から刃物を隠し持っているので、余程のことがなければ心配無い
が、いつでも加勢できるようアカギは大人しく二階へ上がり下の様子を探る


「はい」


戸を開けると、黒服が数人店へ入ってきた

水野の肩にぐっと力が入る



しかし、その緊張は次の瞬間には解かれることとなった
黒服の輪の中から和服の若い男性が姿を表したからだ


「…幽遠寺さん」


その青年は水野の姿を見つけると厳かな態度から一変、顔をぱっと明るくした


「水野姉さん」

「ご無沙汰しております」

「久しぶり、何年会ってねえんだ」

「今日はどう言ったご用件で」


幽遠寺と呼ばれた青年は改まって水野を真っ直ぐに射た


「折り入って頼みがある」

「なんだか、込み入った話の様ですね。お茶をお出ししますからお掛けになってください」

「ああ」


幽遠寺が手で合図をすると、それまで二人の様子を見守っていた部下達が外へ出ていった

手際よく湯飲みを幽遠寺のかける机へ置くと水野も向かいへ座った


「それでな、話ってのは…親父が逝ったんだ。心臓発作でな、突然。うちの組では親父が目をかけてたもん同士で次の組長を決めようって話になった。俺は血は繋がっちゃいるが、半端者だからな。抗争で流血沙汰になんかなったら親父の理念に反する。そこでその決める方法ってのが、一等信頼をおける代打ちを雇っての麻雀勝負になったんだ。俺が一番信じてるのは、水野、アンタだ…代打ちを、引き受けちゃくれねえか。」


幽遠寺は一気に捲し立て、愚直に水野を見つめた
見開いた目玉が飛び出してしまいそうだ


「私がお役に立てるとは思いません。指もこの通り一本欠けた、片輪です」

「頼む」


間髪を入れずに頭を下げられた
恐らく引き受けるまで頭は上がらない、そういう人だ


この組にはご恩がある、今が報いる時なのか。


「…若頭に頭下げられちゃ堪りませんよ。お顔を上げてください。」


声をかけても幽遠寺は動かない
水野から溜息が出る
仕方がないので、目を合わせて言うつもりだったことを先に伝える


「お引き受けします、幽遠寺さん」

「本当か」


幽遠寺はまだ信じられないといった調子だったが、水野の逸らされない目を見て安心したようだ


「ええ」

「有難う、本当に」

「他でもない貴方の頼みです」

「恩に切る。勝負は一週間後だ、車で迎えにくるから。宜しく頼む」


そういうと幽遠寺は名残惜しそうに立ち上がる


「すまない、あんまり長居出来ねえんだ」

「お忙しい時でしょうにわざわざ御足労頂いて」

「また会えて良かった。達者でな。」

「幽遠寺さんもお気をつけて」


慌ただしく幽遠寺が出ていくと聞き耳を立てていたであろうアカギが降りてきた


「あの人、誰?」

「昔からご縁がある幽遠寺組の若頭さんです」

「随分若かったね」

「ええ、あの人が小さい頃から存じています」


水野が幽遠寺組に昔出入りしていたことが一連の会話で伺える
麻雀の腕を信頼されているという事は、幽遠寺の代打ちであった可能性が最有力
しかし、女の代打ちなど聞いたことが無い
今を生きる強さ、非情さが必要な賭け事には、女は向いていないからだろう
水野はどうだ。
これを一度でも女らしいと思ったことがあったか
この女は平気で人も自分も切り捨てられる人間だ
飲み比べの時も余裕な顔を一度も崩さなかったではないか


「代打ち、行くんだろ?」

「…そうです」

「俺も連れていってよ」


水野と麻雀勝負をすることは先日の敗北のせいで出来ないが、打っている様子を見てみたい


「あーた、人に知られたら不味い立場でしょう」

「やくざとは顔を合わせないさ。他の部屋に居るだけ。幽遠寺組の方はあんたが言っとけば黙っててくれるだろ」

「何を企んでるんです」

「何も企んじゃいないさ。ただの退屈しのぎ」


アカギはなんでも無さそうに言うが、水野にはそうは見えなかった




どうでもいい余談

幽遠寺の名前を考えたのは、妹なのです





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