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真昼でも寒さが厳しい時分は炬燵の外に出るのが億劫だ
包み込む暖かさは生気も鋭敏さも奪ってしまう
赤木しげるも例外ではない
ラジオの音を流し聞きながら、アカギはこの後の予定を考える
特にこれといったことが思い付かない
同じ炬燵に入る水野は出納帳を書いていた


「暇そうですね」

「まあね」

「そういえば、アカギさん学校は行っていないのですか」

「行ってない」

「そうですか、あーたが通っていたら、それはそれで驚きですけれど」

「アンタだって社会性無さそうじゃない、友達いるの?」


そう、この女が仕事と買い物以外で他の人間と話しているところを見たことが無い


「人間嫌いなものですから」


水野はどこか思うところがあった様だが、口には出さなかった

また会話が途切れる
食事を一緒に取るようになってから、水野がこうして店にいる時間が増えた
出掛けない日は日がな断続的に会話をしていたりする

スピーカーから聞こえる女の声はどこぞの温泉について紹介している
水野がふと文字を書く手を止めた
思案している表情を崩さずに、呟く


「…旅行に行きましょうか」

「え」

「草津、行ったことあります?」

「無い」

「行きましょう」


余りにも突然の出来事だった
それはもうちょいと近所にでも行くように
アカギが少し動揺しているのを気にも留めずに旅行雑誌あったかしら、と水野が立ち上がる


「本気?」

「ええ、来ないのですか?」

「俺に選択権なんてないでしょう。」

「そうですとも」


またいやらしい笑みをうっすら浮かべている
水野が出かけてしまうと、アカギがここに泊まる条件から外れてしまう
食いっぱぐれる分、不公平だ
金は余るほどあるので、気にするところではないが、癪に触る

それは東京を出たことの無いアカギにとって初めての旅行だった
軽い足取りで水野は玄関を出て二階から雑誌を取ってくる


「冬に楽しめそうなところのものを持ってきました」

「色々あるんですね、草津、だっけ?」

「そうです」


アカギが冊子の中から草津で特集を組んでいるものを手に取り頁を捲る
水野も他のものに目を通している
寒さからなる気だるさは疾うに消えていた


「冬はどこも雪景色が綺麗ですよ…どこか行きたいところは見つかりましたか?」

「最初に言ってたこの草津に行こう」

「じゃ、そうしましょう。草津なら知り合いがやってる宿がありますから、そこを取りましょう。」

「うん」


返事を聞いてから、水野が厨房の奥の黒電話へ電話をかけに行く
アカギの雑誌を繰る手はまだ止まらない


「明日の分を取り敢えず予約しました。明日の朝には発ちます」

「旅行って何が必要?」

「タオルや寝巻、歯磨き、石鹸は備え付けでありますから、着替えと外出な必要なものがあれば大丈夫だと思います。」

「鞄がない」

「ああ、お貸ししますよ。ふふ、今日は臨時休業ですね」

「そんなことしていいんですか?」


アカギも心なしか楽しそうにしている


「ご予約のお客様はいませんからね。そのための自営業です」






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