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「アカギさん、買い物を手伝って頂けませんか」


水野が畳で横になっているアカギに声をかける


「いいですよ」


二人して下駄を突っ掛けて外に出る
秋の空は移ろい易い、日は真上を疾うに過ぎ赤く染まっていた
何度か通い暗黙の了解になっている商店街へ向かう
下町風情の色濃い通りの店を回り、今夜の夕飯になる食材を買う
店で使うものも込みなので、相当の量を買い込むことになる
今までは水野一人で一日数回に分けて買い出しに行っていた
アカギは見た目細身の割に力があり、少し背の高い水野の持つ2倍の荷物は運んでしまう


「アカギさんが居てくだすって助かりますよ」

「まあ、世話になってる身だから」


にべもなくアカギは言う
アカギの歩く速さと遜色なく、水野の足取りはしっかりとして下駄の音が小気味良い
二人が大通りを横に入り、複雑な小道を歩いている時だった
曲がり角で水野に何かがぶつかった、よろめいて少し後ろへ下がるとチンピラ風の青年達の顔が目に入った
水野が衝突したのは中でもひょろっと手足の長い男だった


「失礼。注意が足りませんでした」

「テメエ、この前のガキッ」


青年達の一人が水野を無視してアカギを指差した
途端に水野へと向いていた視線がアカギに集中する


「どうした」

「こいつ、この前雀荘でオレのことを毟りやがったんだ」

「…アカギさん」

「さあ、どうだったかな。」


アカギの一言で男達が殺気立つ
この人数だ、ここまで来てしまうと諌めるのは難しい
当のアカギはさして気にしていないようだ
涼しい顔をしてその場に立っている
簡単に毟られる輩には興味がないのだ

自分一人であればどうとでもなる
しかし、水野を巻き込むのは不味いか。


「おいおい、その年でお袋と買い物かよ」

「かーちゃんに怪我させたく無いよな?」


下世話な笑いがアカギ達を取り囲む
水野自身は側で見るとそう年増には見えないのだが、服装が和服で髪も撫で付け後で結っているので一見すると親子に見えるのかも知れない
アカギよりはいくらか上という位の見立てで、水野の実年齢は不明である
もしかすると本当に親子程年が離れているのやもしれない


「たかがガキと女相手に大人数とは、全く三下らしい」


アカギが口の端をつり上げるや否や、ぶち切れた青年達が襲い掛かってきた
真っ先に来たのは件の青年であった
アカギを殴り付けようと飛び出した
応戦すべく身構えたアカギの視界を鮮やかな布が覆った、腕に着物の袖が触れる
水野である
青年は突然彼女が割り入って来たことに意表を突かれて減速
水野に受け流す様に胸を押されてバランスを崩し前のめりに転んだ
水野にも目にもの見せようと立ち上がった時、強烈な痛みが右の頬に走った
何かと思い手で触れるとぱっくりと頬が裂けている


「次は目を狙いますよ」


刃渡り40cm程のドスを水野は握っていた
一瞬の出来事だった
水野はドスをそっと取りだし、すれ違い様青年の頬にただ当てたのだ
あとは勢い乗せて、青年が勝手に切れてくれる

頬に手を当て、右目の真下が切れていることにやっと気づいた青年は威勢を失って尻込みする

武器を持たない彼らを刃物の恐ろしさが飲む


「どうしたんです?」


濡れた刃先を携えて愉快そうに近づいてくる女は正に狂人であった
ああ、やはりこの女は只者じゃない
アカギの口角が持ち上がる
賭博にも似た高揚感、目が水野の一挙手一投足も逃すまいと輝く
とは言っても傍目には無表情と変わらないのだが。

女の日和下駄の歯が一層音を立てて踏み出した時、遂に青年が悲鳴を上げて逃げ出した
水野が目配せをすると、釣られて男達も散って行った
アカギは腹に忍ばせていた銃に添えていた手を水野に気付かれないように出して様子を観察する
別段変化は無く、平素の水野だった
いつも通りの状態でドスを振り回そうのしたのだ、この女は
場合によっては人一人切るつもりで


「血が飛びましたね…」


着物の袖を見ながら水野は厄介そうに呟いた
刃物についた血を懐紙で拭ってから鞘に納める所作は手慣れている


「そんなもの、どうして持ってる」

「護身用ですよ、この町は物騒でしょう」

「へえ」

「アカギさんもご存じでしょうが、うちには堅気でないお客さんもいらっしゃる。いざという時の為に持ち歩いているんです」

「まあ、それなら「持ってる」辻褄は合うね」


今すぐにでもこの女の正体を暴きたい、なんなら銃を使ってもいい
脅しにはならないと思うが或いは。

アカギの中で暴力的な欲求が芽を出しているとも知らずに、水野は彼に話しかける


「あまり長居するのもなんです、行きましょう」


地面に置いた荷物を拾い上げて、水野が先を行く

焦る必要はない
時が来れば自ずと分かる

アカギも水野を追って家路に着くのだった






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