他生の縁…不明

案内されて病室の戸を開けると老婆が横たわっていた
促されるままに側へ寄る
皺だらけの老婆の体はベットに深く沈み混んでいた
瞼にも皺が寄っており、目が見えているのかもわからなかった
眠っているのだろうか。


「姉さん、アカギが来たぜ」


人生の半ばをとうに折り返し、壮年を迎えている女性が老婆に声を掛ける
女性は女にしては渋い着物を纏い、凛とした佇まいをしていた
一見すると男性にも見える
名を幽遠寺と言った
町中を歩いていると突然この女に話し掛けられたのだ
金はいくらでもやるから、着いて来て話を聞いてくれないか、と。
時間は取らせない、私は女だからいざとなったら殴って逃げれば良い、そうだろう。

女の提示した額は膨大でその出処は焦臭かったが、刺激に餓えていたので二つ返事で了承した
その結果がこの病床だ
先程から女は老婆に話しかけている
生気の無い老婆はそも生きているのだろうか。
酸素マスクを付け、呼吸の補助を受けている老婆の肌は焼けて橙色をしていた
目頭には目脂が溜まり、唇の端からは唾が垂れている
長く生きるとこんなにも醜悪になるのだ
垂れていた老婆の手が持ち上がった
新芽の発芽を思わせるゆっくりとした動作で自分に向かって伸びてくる
幽遠寺が少年にそっと声を寄せる


「手を取ってやってくれないか」


これも依頼のうちに入るのだ
嗄れた枯れ枝のようなそれを握るとひやりと冷たかった
皮膚は固くなっており人間のものではない
老婆はじっと此方を見ていた
薄く開いた口からすきま風の音が鳴る


「待っていた、甲斐がありましたね」


老婆は確かにそう言った
それきり腕からは力が抜け、これはまた混濁する意識に身を落としていった
幽遠寺は隣で静かに涙を流していた


「この人は眠りっぱなしでずっと起きなかったんだ。…また明日も来てくれないか。少しの間じっと見てやるだけでいい」


積まれた大金に比べれば容易いことだった
別段金が欲しい訳ではなかったが、学校に行くよりは退屈凌ぎになるだろうと承諾した



次に扉を開けた時、ベットに老婆はいなかった
代わりに見知らぬ着物の女が立っていた


「私は水野もよ子と言います。貴方は。」

「俺は


名乗ると目の縁を緩めた女は、こう言った


「今日は婆さんはいいですから、私の相手をしてください」

「…いいぜ」


幽遠寺は来ていなかった、他に用事は無い
少年の快諾に水野は期待通りと言った表情だった
病室の窓から水野は木に飛び移り下に降りていく。
装いに反して身軽な身のこなしだ
裏庭を抜けて、柵を越え隣接する公園を歩いた
何処か目的地があるのかと思ったのだが、ずっと宛てどなくぷらぷら歩いていた


「貴方は普段何をしているのですか」

「見ての通りの学生さ」

「この真っ昼間にふらふらしているとは不良ですね」

「退屈なんだ」

「学校が?」

「全部さ、皆偽者」

「そうですか」


この女は何者だろう
昨日の老婆に関係があるのは違いないが、情報は他に無い
女は古風な出で立ちで黒髪を後でゆるく結っている
肌には張りがあるが、年齢はわからなかった


「暇な時は何をするんです」

「喧嘩したり、博打やったり」

「ゲームなんかはしないんですね」

「人が相手じゃないとワンパターンで飽きやすいんだ」

「わかりますよ」


女の瞳の奥がギラリと光った気がした


「麻雀は出来ますか」

「出来ない」


今時子供で麻雀などをやっている人間の方が珍しい
水野が初めてアカギに出会ってからもう何十年という月日が経っていた

少年は白髪に学生服という出で立ちだった
切れ長の目に落ち着いた物腰、成長しきっていない華奢な体
まるで13歳の赤木しげるの生き写しだ
アカギに子供はいないので、どちらかと言うと生まれ変わり、というのが適切なのだろうか。
しかし、この少年には鋭さは無かった
ただ人生に飽いている空虚な人間
博打には出会っているがその深淵までは覗いていないのだ
ひょっとすると知らない方が幸せかもしれない
博打に出会っていなければ、違う人生の楽しみをきっと見つけられる
或いは、博打の焔に焼かれることが天才たるアカギの運命ならば、また何処かで出会うだろう
前のアカギもこの頃の年に麻雀を知ったと聞いた
水野が少年を見る瞳は少年を通して何か別のものを見ているようだ
歩みは何処か所在なく、地に足が着いていなかった
時折手が伸ばされては引っ込められていることを洞察力に長けた少年はわかっていた
歩いているうちに日は傾き始めていた


「ありがとうございました。こんな気狂いに着いて来て頂いて」

「暇つぶしにはなったよ」

「お元気で」


そういって気狂いの女は病院へ戻っていった
半日一緒にいたが訳のわからない女だった
明日から此処へは来ないだろう


後日、幽遠寺から大金を受け取る折りに老婆が死んだことを聞いた






鬼才の心を奪った者の末路






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