黄昏の海…19

秋色に染まる夕日をすすきの穂が美しく照り返している。風が吹くと丘は黄金色の海のように波打った。
これだけよく育ったものだと感嘆するほど沢山のすすきがアカギの身長をすっぽり覆い隠している。
先を行く狐の淡い藤の衣はそろそろと金の中へ消えていった。
宛てどない流れの旅の中で時折水野は電車を降りようと言い出した。どうせ時間をもて余しているので、アカギが二つ返事で承諾すると、あとは二人とも現地を何も言わずに回って駅に戻るのが常だ。
よく見ていればそれなりに水野の表情が変わるので、アカギが退屈したことはついぞ無かった。
姿は見えずとも気配だけは追っていたつもりだったが、気がつけば狐を見失っている。
枯れ草を踏みしめてアカギが歩み出す。
厚着の観光客が漫ろにいる道をゆっくりとした足取りで通りすぎる。
見つけられる時は見つけられるし、そうでない時はそのうち帰ってくる。
狐と悪魔が共にいる時の心持ちはこんなものだ。

ぐるりと見渡して、波打つ黄金の一際輝く場所が目についた。あの辺りの景観がなんとなく良さそうだと直感して、細道に足を踏み入れる。
金を移して、黒髪が風に棚引いている。
髪が巻き上がって、白い項が少し寒そうだ。

今日は“見つけられる日”のようだ。

「水野さん」

「はい」

やおら振り向いた双眼に、西日が強く射し込み狐の表情は平素よりも一層柔らかかった。
口の端が軽く上がっていて、皮肉っぽい表情も今は遠くを慮っている。此処に居ないように。

「綺麗だな」

妖刀が朽ちていく様子が、この頃のアカギには没落の美に思えるのだ。

「ええ」

水野はこの一面の黄金のことだと思ったようで、改めて辺りを見渡している。

「あんたのことだよ」

「私?」

「そう」

「アカギさんが美醜について語るなんて珍しいじゃあないですか」

「あんた何時だって綺麗だよ」


アカギがそういうと狐はちょっと首を傾げて、煙草を取り出した。
すうと細められた目尻の睫毛に夕日の橙が乗った。
賛辞の言葉など狐は過去にもさんざ言われてきただろうに、まるで不思議なものを見るような目でアカギを見る。
フィルターを口に咥えてマッチを擦るが、強い風が邪魔をして灯った火は吹き消えてしまった。
やり場のなくなった煙草はまた箱に納められる。

「哀れ、の間違いでは」

事も無さげに口にする水野にアカギが口を開く。

「あんたたまに突拍子もなく自分を卑下するよな」

「本心です」

「よくそんな風で賭場を生きてこれたもんだ」

視線が交差する。
アカギの表情は普段と全く変わらないが、まさかこれは怒っているのか?
水野は内心で驚くが、それを悟らせまいと目の前の深淵を見つめ続ける。
この瞳は苦手なのだ。

だが、売られた喧嘩は買う。


「あーたに言われたくありませんね」

「お互いに死に損ないってことさ」


だから、そう自分を貶めるな。

アカギが言語外に言いたいことをやっと察して、かくんと狐の首が脱力する。
元々わかっていたことではあるが、この男の考えていることは本当にわからない。その道程も、原因も何年付き合ってもきっと一生わからない。
ただ一つ確かなことは、水野が自らを否定することをアカギが嫌っているということだ。
その度にこうして然り気無く掬い上げられる。
悪魔は淡白に見えて、存外曲げない部分がある。

「…敵いませんね」

「もうすぐ日が暮れる、帰ろう」

「行こう、の間違いでは?」

「どっちでもいいさ」

草木を確かめるように靴に体重を掛けて、アカギが背を向ける。
夕映えする後ろ姿を水野は心に刻むように瞼を一度下ろす。

これから駅に戻って気ままに宿を取り、眠って、また適当にぶらぶらと歩く。
何処と無く列車に乗り、腹が減ったら下車をする。時折博打を打つ。悪魔と狐にとって博打以外の時は常に二人ぼっちだった。
何者にも侵害されない。

何処へいくとも、何時終わるともわからない、永久の二人旅。




何時かの何処か





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