真夏の通り雨…不明


葉月の名は一説では葉が落ちる月、葉落ち月が縮まって葉月になったという説がある
名前の如く天上から大粒の涙が降り注ぎ、枝から伸びる葉を今にも散らさんとしていた


屋根付きのバス停でとある少年はバスを待っていた
背格好は学生服、突然の雨にやられて全身ずぶ濡だ
靴は泥が跳ね汚れている
この雨に熟れた蒸し暑さを微塵も出さない涼しい顔でベンチに座っている
特に目を引くのは、その髪が白髪だということだ
何処と無く人を近づけない異質な雰囲気を纏っている

雨音に紛れて足音が少年の耳に入ってきた
からからと地面を木製の刃が掠める音
下駄はゆっくりとした足取りでバス停に姿を現した、老婆であった。
老婆は濁り気味の瞳で少年に気がつくと、わざとらしくおどけた


「あら、雨宿りですか」

「いや、バスを待ってるんです」

「そうですか」


老婆は番傘を閉じながら遠くに腰かけた
バスが来るまでにまだあと15分はかかる
少年は老婆を気にする様子はなく、じっとしている
対して老婆は少年を気に掛けていた、ひっそりとしているが片時も少年から目を離さない
深い闇が二つ、その深淵に少年を写している
漂う妖気は、現代の人間らしからぬ静けさを持っており、不安を煽る

この老婆は雨に紛れた妖魔か。


「何です」

「いいえ」

「あんたは人の事じっと見つめるのが趣味なのかい」


少年の視線にある棘を気味の悪い笑みで往なし、老婆は言葉を続ける


「あーた、死んだ孫によく似てるんですよ」

「へえ、それにしちゃ親の仇でも取ろうって目だけど」


年寄りは直ぐに湿っぽい話をしたがる
しかし、この老婆の眼差しは孫を見つめるなんて生温いものではなかった
煮えたぎり、見つめている"相手"を射殺さんとするほどの熱量が、老婆の只ならぬ気配を物語っている


「ねえ、本当に孫なの?」

「…」


思い出すかのように明後日を向いた老婆の気配が、一瞬甘いものになったのに聡い少年は気がついた


「…とんだ変態だな」


老婆は何を言い返すでも無かった
自分の中を空にして時が過ぎるのを待っているらしかった
常に灯っている天井の電球に蝿がぶつかっている
話し声が無くなると、雨音が耳についた
激しく何かを打ち流すような響きだ
雨雲で日照りは無くなったが、降り注ぐ雨は熱気をより蒸しっぽいものにした
この暑さも雨に流れればいいのだが、そうはいかなかった
暫くして老婆は手元の番傘に目をやった


「穴が開いているんですよ」

「それで雨宿り?」

「そうです。穴が開いては役に立ちません」


この老人がずっと年下の自分に敬語を使っているのに少年は違和感を覚えている
老婆は何か圧倒的に違う世界に立っている
興味本意で近寄ると、後で大きな竹箆返しを食らうだろう


「なあ、あんた…」


腰を浮かす少年にきらりと目映い光が差し込んだ
西日にしてはあまりに白い、見れば太陽が出で暖かく照っている
先程の暗さに慣れた目には明るすぎて光が世界を覆い、バス停の外が見えないほどだ
バス停にも入り込んでくる、老婆が光で霞んでしまう


「ああ、はれた、はれた」


いつの間にか立ち上がった老婆は光源へとゆっくり歩んで行く
影になった老婆はそのまま光の中へと飲み込まれていった






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