一匙の救いと永遠の地獄を…19

気がつくと、視界が真っ暗だった
何事かと思い飛び起きると、隣で何かが蠢き足にかかっている布を動かした
おかしい、昼寝をしていたはずなのだが。


「…どうしたの」


すぐ側で覚えのある声が聞こえた
遥か昔に失った声だ


…何が起きている


布団であろうものの上で上体を起こしたまま、じっとしていると温かい腕が背中に触れた


「明かり、付けようか」

「いいえ」


水野の不審に相手は既に気がついている
訝しむ様子は何十年と経った今でも手に取るように浮かんだ
むしろ明かりを付けたいのは向こうなのだ
声音から察するにどうやら隣にいるのは20歳の赤木しげるらしい
では自分の姿は、どうなっているのだろう
自分の手に触れると項はつるつると張りがあった
嗄れた手は何処へやら、アカギが此方に来たのではなく、自分の意識だけが某かの方法で現れ、過去の水野もよ子の体に乗り移ったらしい。
しかも、夢や幻ではなく、実際に触れるのだから本当に参ってしまう。


失われたアカギが今隣に居るのだ


このアカギは、後に神域と呼ばれる男になる
その歩みを水野はずっと横で見ていた
離別の覚悟は最初からあった
だから、亡くした後もアカギに出会う前のように毅然として一人で世界に立ち続けた
しかし、再び訪れた孤独という歳月は予想以上に水野を蝕んだ
情けないことに、そろそろアカギとの約束を忘れて終わろうかとそう思っていた

…アカギがいる、それがどんなに幸福なことか。

溢れてる感情は止めようが無かった。
一度失ったために、その反動は大きく、胸が詰まって、脆く崩れそうになる体を必死に保ちアカギに悟らせまいとするので精一杯だった
嗚咽を漏らそうと呼吸を乱す肺を無理矢理、一定の感覚で動かす


「なんでも、無いです」


今すぐに縋り付いて存在を確かめたい。
温もりをもう一度感じたい
激しい欲求を治め、横になる
夜目が慣れ周囲の様子はもう確認出来た
アカギは起きている
此方を向いて深く呼吸をしている熱源を目の前にすると、冷静な自分はすぐに吹き飛んでしまった
その胸にそっと顔を寄せた

温かさに涙が出そうになった
男性らしい固い胸板が愛おしく、耐えきれなくなって相手の腰に手を回した
深く体を埋めるとどうしようも無く切なかった
何時まで続くともわからない一時の逢瀬だ
アカギの大きな手がゆっくりと首から後頭部に回り、包まれる

嗚呼、もうこれだけで良い。
次に瞬きをする間に例え元に戻ってしまっていても、先の永遠を生きよう
この幸福を便りにずっと生きていける
なんという幸福だろう。

また、会えた

白昼夢でも幻でも、この至福を与えてくれた何かに感謝したいくらいだった
今、紛れもなく世界で一番幸せだった


「アカギさん」

「何」

「名前を呼んでくれませんか」

「どうして」

「いいじゃあないですか」

「…水野さん」

「…ふふ、ふふ」


いけない、欲が出てしまった
目頭から雫が勝手に鼻を伝って、反対側の頬へ流れた
勘の良いアカギも、よもやこんな老婆の相手をしているとは思うまい
この部屋が暗くて本当に良かった
きっと酷い顔をしている
アカギの指が顔を撫でた
涙に気がつき、指の腹でそれを掬う


「あんた、泣いているのか」


アカギはどうしたらいいのか戸惑っている様子だった
それが可笑しくてまた笑えてくる


「アカギさん、共に生きて行きましょうね」


死が二人を別つまで。
或いは別たれたその先まで。







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