明かりを灯して…13(番外)


「アカギさん、此方に」


二人は駆けていた。
夕方の線路脇を如何にもといった柄シャツにサングラスの男達が後を追う。
アカギがいるとこんなことばかりで、狐はもう慣れてしまった
次の角は返り討ちにするのに丁度良いだろうか。


「アカギさん」

「駄目、鉄砲持ってた」


彼らは数が多く他にも何人もの人間が待ち伏せをしていた
おまけに犬のようにしつこい
いっそ何処かに入ってしまおうか。
アカギが辺りを確認すると控え目に光る看板があった
駐車場の奥に入り口がある


「こっちだ」

「え」


アカギに手を引かれるままよく確認もせずに水野は勢いでついて行ってしまった
後ろから聞こえる足音を巻かなければならない、その一心で。


ルームキーで戸を開けるときらびやかなシャンデリアが天井に吊られていた
眼前に広がる回転式ベッドに目を奪われる
お決まりのようにベットの上の天井は鏡張り。
風呂も透かしが入っており、カーテンを開閉して自由に中の様子が見られる仕掛けになっていた
受け付けの女性にじろじろ見られていたのに合点がいった。
お稚児趣味にも程があるではないか。
色調こそ落ち着いているが、紛れも無い大人のホテルである


「暫く隠れて居ようぜ」

「何故またこんなところに」


まさかアカギとこんなところに来るとは思いもしなかった。


「一回来てみたかったんだ」

「そうなのですか」

「ああ、変わったもんが沢山あるって聞いてさ」

「まあ、此処にしかないものは確かにありますね」


ベッドになんとも無しに座っているとアカギも間を少し開けて隣に横になった
脇にあるスイッチを押すと、ゆっくりとベットは回りだした
速度を感じるには横になるのが一番良い。


「回るね」

「回りますね」

「案外横になっていると早いんだな」

「鏡があると盛り上がるんでしょうかね」

「どうだろう」


真顔で大人と子供が横になっているのは滑稽だった
元々こういった場所でどうこうという考えは二人には無い。


「…眠くなってきました」

「徹夜明けだからな、寝なよ」

「ええ」


目を閉じるとアカギがスイッチを押したのだろう、回転が止まった
ベットは深く沈みこんで寝心地が良い。
瞼の裏の闇で足首が跳ねた
アカギはベットから何処かへ移動したらしい
暫くしてカランを捻る音と水音が聞こえてきた
自分も眠る前に一っ風呂浴びれば良かったかと思いながら水野は微睡んでいた


「すげえ」


もうすぐ眠りに落ちようというところで風呂場から感嘆の声が上がった
ゆっくり身を起こして確認をするが、アカギが出てくる様子はない
風呂場の窓はカーテンで締め切られていた
気になって風呂場の戸をノックし、中を覗くと浴室は一面泡だらけになっていた


「また沢山入れましたね」

「量が良くわからなかったんで目分量で入れた」


アカギが動くと頭の泡もひょこひょこと動いた
なんともファンシーである
アカギの首から下はすっぽりと泡に覆われ、まるで頭が生えているようだ


「あんたも入る?」

「泡風呂じゃあ疲れは取れなさそうですね」


欠伸をひとつして水野は浴室を後にした
何だかんだでアカギはこうして興味をそそられたものに素直で、時折楽しそうにしている
普通の子供のようにしゃいだりすることは無いがアカギが心を動かしているのは理解できる
麻雀をしている時とはまた別の顔であるが、何にしろアカギが嬉しそうにしている姿は好きだった




「なあ、あんたはこういう場所に来たことある?」


意識が落ちていたらしい
気がつけばバスローブを着たアカギが隣にいる
白髪が少し湿っているので出たばかりだろう


「ありますよ」

「いつ」

「貴方くらいの年の時に」

「知らないおっさんと?」

「ええ、まあ」


水野の経歴が気に入らないのか、アカギは体を引っ付けてぐりぐりと頭を鎖骨の辺りに擦り付けてくる


「マーキングじゃあないんですから」

「なんだろうね」

「友人が取られて妬いているのですか」

「そうかも」


自分の気持ちが理解できない時は大体水野の腕を引いたり、軽く体当たりをするだとかが、この子供の常だ
風呂上がりの茹で上がった体が寄り添ってくるのは心地よかった
窓枠にはめ込まれたカーテンから数センチ分月明かりが差し込んでいる
また眠ってしまいそうだ
頬を軽く叩かれアカギを見ると瞳がじっと何かを乞うていた


「寝ないで、水野さん」

「何故」

「寝ないで」

「…あーたが望むのなら」


僅かな変化だがアカギの頬は緩んだ気がした
腹が減ったので気だるい腕で受話器を取り、日本酒を注文すると後はメニューを譲りアカギの好きに頼ませた
ルームサービスは大層なワゴンに乗せて運ばれてきた
つまみになりそうなチーズやらピザなど洒落たものが並んでいる
物珍しさに頼んだのだろう
料理が来ると照明は手元のベットランプだけにした
アカギが頼んだワインを開けて、二つのグラスへ注ぎサイドテーブルに置いた
うつ伏せに横になりながら、適当なものを皿から摘まんで口に運ぶ


「いけないんだ」

「お互い様ですよ」


顔を見合わせてくすくす笑った
お行儀の悪いこと極まりない
二人は共に微睡みながら静かに話をして夜を明かすことにした


この悪魔が放り出されないように、狐が孤独の淵に沈まないように






「春の友人」より






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