地下3メートルより愛を込めて…19(番外)


夕方に始まった麻雀が終わった深夜、アカギは暗い夜道を歩いていた
商店街の殆どの店は閉まっており、人気の無い街頭がぽうと灯っているだけだ
土を馴らして固めてある歩道は乾いていた
そろそろ秋も終わろうと言う頃だ
赤と青の回転看板が目印の床屋を曲がり、シャッター街に入っていく。
大きなプラスチックのごみ箱が置かれている脇を通ると狭い小道にアカギは逸れた
その小道にひっそりと存在する地下への階段を躊躇い無く下る
左右の壁には何やら落書きや待ち合わせの張り紙がところ狭しと引っ付けられている
赤いステンドグラスの窓の付いたドアを開けると中は仄かに明るかった
レジで作業をしていたギャルソンがアカギに気がついた


「いらっしゃいませ」

「先に連れが来てるんだ、着物の」

「17番テーブルにいらっしゃいます」


案内をされ薄暗い店内を奥へと進む
明かりは最低限で各テーブルと、棚に備えつけられているランプだけなので、他の客は見えづらくなっていた
皆寄り添い、顔を寄せ、ひそひそと話している
店員はしっかりと制服を着込んでおり、調度も落ち着いている
賑わいはあるが、煩わしくは無い、そんな店だ
ここには何度か来ているが何時でも暗いので店の大きさはわからなかった
一度ずっと奥に案内されたこともあるので、かなり広いのだろう
17番テーブルには、見慣れた着物を遮るように少女が座っていた
落ち着いた調子で呟くように何かを水野と話している


「此方でございます」

「ありがとう。…待たせたな」

「いいえ」

「コーヒーを頼む」

「畏まりました」


先程まで案内に立っていたギャルソンが暗に消えていく
他のテーブルで薄明かりの中、人の手や肘、胴だけが見えている光景は不思議だった
狐は向かいに折り目正しく座っていた
隣に間隔を殆ど開けずに少女が座っていること以外はいつも通りの様子だ
輪郭のふっくらしたその少女は、澄んだ目でアカギをじっと見つめていた
化粧は濃く、足を限界まで露出した鮮やかな色のスカートを履いて足を組んでいる
この店で派手な出で立ちをしている少女は多かった
水野は少女に顔を向けると声をかける


「お行きなさい」

「嫌」

「お行きなさい」

「…またね」


名残惜しそうに少女はテーブルを離れていった
狐がアカギに向き直るとランプの明かりが細めた目玉に反射してきらきらと光った
テーブルにはティーカップとポットが一組乗っている
ランプの他に桃色の花が刺してあった


「これは何て花」

「オドントグロッサム、ですね」

「ふうん」


花にそこまで興味は無いがテーブル毎に置いてある種類が違っていたのたで面白かった


「さっきの知合い?」

「ええ、ちょっとした。女の私を誘うほど食うに困っていたらしく、札束を渡したら懐かれてしまって」

「そう」


狐は時々不用意に人を近づける
13の時からわかっていたことだが、人嫌いという割りには回りには人が多い
本当に人間が嫌いならば人と関わる商いなどしない
その癖、今のようにぽっと繋いだ手を離したりする
狐は残酷なのだ


「今日はどうでした?」

「…別に」

「そうですか」

「相手、女だったぜ」

「あら、珍しい」

「雀荘じゃたまにいるけどね、代打ちは俺も始めて見た」


派手なワンピースを来た女だった
初めは澄ました顔で打っていたが、次第に態度は崩れ、終いには敵のアカギを縋る様な目で見つめていた。
相手が女性であると、どうしても狐と比べてしまう
女特有の狡猾さは水野も多分に含んでいる
相手の女を通して、それとは別に女性なりの弱さや戸惑いを認識した
水野からは全く感じられないものだ
女の脆い部分などこの狐にあるのだろうか。


「負かしたのですか?」

「そりゃね、普通に打っていただけだが、勝手に自分で堕ちて行った」

「あーたの普通は普通じゃあないですからね」


女の絡み付く視線は、余計な感情が入り交じっていて不快だった
立ち止まるばかりで突っ込まない
だから、自分の側に女がいるなど考えられなかった
しかし、今はどうだろう


「お待たせしました」


ギャルソンが丁寧にコーヒーをテーブルに置いた
水野がマッチでセッターに火を付ける
手の甲から伸びる指は、細すぎず程よい肉付きをしている
何かを摘まんだり、持ち上げるような所作一つ取っても引き付けられる
狐の誘導術の故だろうか。

コーヒーに少し口を付けるとアカギもハイライトを取り出した
水野がマッチをもう一本繰り、火を差し出す
何分明かりが少ないので自然と向き合う顔は近くなる
少し離れると光の和から外れてしまうのだ
煙がランプの光を疎らに反射する
コーヒー豆を挽く香りが煙草と混ざった


「なあ、一度手品を見せてくれたことがあったろう」

「ええ」

「やって見せてよ」

「…珍しいですね」


女と水野を視覚的に比べてみたくなった
ティーカップに伸びた腕を取り、袖を摘まんだ。
袂を持ち上げると、テーブにバラバラと麻雀牌や賽子、コイン、その他細々としたものが出てきた
その内麻雀牌を掴んで水野に差し出す
狐は人差指と中指でそれを拾った
どうやら応じてくれるらしい
まず狐はテーブルに転がっている牌を集め、重ねると受け取った牌を乗せて6牌の山を完成させた
一つをドラ牌の要領で表にする
姿勢を正し、そのドラ牌に手を添えて隠し、再び開けるとドラ表示が変わっていた
更に手を添えるが今度は添えた指が四本になっている
またドラが変化した
更に指が三本、二本と減っていく
もう一方の手は離れたところに伏せてあるので使っているのは、ドラに触れている指だけであるが、全く動かしている様子が無い
ただ指を牌に乗せて離す動作だけで牌が擦り変わるのだ
何度も水野は行っているが、見抜けない
次に表になっている山からツモをして手牌に加える要領で自分に面を向けて立てる
そしてそれを今度は河に棄てるように打牌した
また牌が擦り変わっている
この一連の流れに淀みは無かった
水野はツモから打牌までの間に自由にイカサマが使えるのだ
他に牌は扱っていないので、一枚を何処かで入れ換えている


「…いいのか、そんなに見せちまって」

「あーたとはもう打ちませんよ」

「…もう一回」


同じようにツモと打牌を行う
その打牌の際に水野が上げた掌をアカギは捕まえた
手牌から捨て牌を選び取り掲げるこの動作の間に一度着物の袖が落ちてくるこの瞬間
すり替えるならば此処しか無かった
目は離さずに握りこんだ牌を隠す隙を与えない
水野の手がアカギに捕まれたまま開かれた
中には一枚、既にすり替えられた牌が握られていた

現場を押さえたと思ったのだが。

顔を上げるとアカギを射る水野の眼光が見えた
口許は弧を描き、眉は釣り上がっている
何よりも楽しんでいる、博打狂いの表情
あの女には現れなかった相。
アカギは嵌められたのだ


「あんたはまだ死んじゃいない」

「殺されましたよ、あの日にねえ」


火種二つに炯々と光る目玉が四つ
この店は来るものを拒まない
この店の薄暗い闇は、二人の異形をも覆い隠してしまうのだ






「夏の恋人」より







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