もう少し人間でいさせて…19(if)


*吸血鬼パロディ




夕飯になる豚汁の鍋の様子を見ていると、玄関の扉が開閉する音がした
廊下を見ると青い顔をしたアカギが立っている
只でさえ白い肌が蒼白に染まっていた


「おかえりなさい」

「只今」

「具合、悪そうですね」

「…」


アカギは寝室から着替えを取り、そのまま風呂に入るつもりらしかったが、水野は引き留めた


「どうしたんです、暫く帰って来ませんでしたが。」

「別に」


前もって予告せずにアカギが長期間家を開けることは今までにもあった
外でトラブルに合い家の傍に近づけなかった可能性も考えられるので、それだけならば訪ねはしない
ただ、様子がいつもと違うので悪い予感がしたのだ
答えずにまた去ろうとするので強く声を掛ける


「アカギさん」


こちらに見向きもしないのでお玉を置いて、仕方なく正面に回り込んだ
見上げると生気の無い顔、追い詰められた瞳だけがぎらぎらと浮いている


「……牙が生えた、水を幾ら飲んでも喉が渇く、日差しがキツい」

「…それは。」

「変だろ」

「…」


会話をするのもやっとな様で引き絞るように話している
手を軽く握るとひやりとした冷たさが染みた
すぐに触れた手は払われる


「…体流してくる」

「夕飯はいりますか」

「いらない」


流れからすると食事を取っても意味が無いのかもしれない
作り物の物語の通りであれば、今のアカギに必要なものも自ずと分かる
水野は行動を取るべく家を出ていった



アカギが風呂から上がると部屋は蛻の殻だった
此方の方が都合が良い
夜は目が冴えてしまって眠れないのだが、布団に入る
もう眠くなるまで何処かで時間を潰す体力も残っていなかった
朝日が昇るまでにはまだ時間がある

ぼうっとしていると玄関の戸の音がした
真っ直ぐに寝室の襖が開けられる
アカギの傍までやって来ると膝を折り、水野はがさがさと何かをやりだした
アカギが本能的に渇望していた芳醇な香りが部屋に漂った
思わず顔を上げると、輸血パックがコップに注がれ差し出された


「どうぞ」


餓えに飢えていたアカギにはそれは天からの恵みだった
引ったくって一気に飲み下す
グラスを開けるとおかわりが何度も注がれた
6杯ほどを開けるとアカギに精気が戻ってくる


「…助かった。これ、どこから」

「知り合いの薮医者です、馬鹿みたいな値段でぼられましたよ」

「そいつは返さなきゃならないな」


最初のうちは旨かった血液だが、何杯も飲むうちに輸血のものは相当に不味いのだとわかった
とても飲めたものではない
これが人間の食い物ならばもう少し口に合うように改良されるのだろうが、こんなものを栄養とする人間がこの世にあと何人いるのだろう

いや、もう自分は人間でないのかもしれない


「どうしてそんな風になったのか、心当たりはないのですか」

「雀荘で勝ちまくった日に女に言い寄られてな、噛みつかれたんだ」

「十中八九それですね」

「ああ。凄い馬鹿力で振り払えなかった」


アカギの白い腕に赤い斑点が二つあった
何よりアカギが危惧しているのは、相手から血を直接接種した時の異常な興奮だ
女はアカギに噛みついてから理性を失い獣のようになって飛びかかってきたので、思わず殴ったのだ
水野が指先でアカギの斑点をなぞるので、さっと離れた


「冷たいですね」

「あまり近寄るな」


水野の薄皮の下に温かい鮮血が通っていると思うと齧り付きたくて堪らなかった
しかし、自分もここまで精神的に追い詰められていたのだ、水野に同等のものを背負わせるのはどうにか避けたかった
同じ屋根の下で暮らしていれば、膨れ上がる本能に理性が負けるやもしれない
水野は少しアカギの様子を確認してから立ち上がった
寝室を抜け台所へ、洗い終わったばかりで乾かしている包丁を手に取る


「…止せっ!」


即座に次の行動を理解したアカギは止めようとしたが遅かった
水野は自分の人差指に軽く刃を押し当て引いた
ぷつりと指の皮が切れ、中から血が染み出した
鋭くなったアカギの鼻には一気に血の香りが立ち込めたように感じられた
一瞬の寒気と硬直、次の間には酷い興奮状態に陥った
今さっき一応の血液を摂取したばかりだというのに。
息が勝手に上がり、体は血を欲してがたがたと震える
跳ね上がりそうな体を押さえつけるので精一杯だ
その場で唸るアカギに水野はゆっくりと近づいた
人差指をアカギの口の前に差し出す


噎せ返る鉄分に無意識に唇が開くが、激しい剣幕で眉を吊り上げ水野を睨め付ける


「…あんたを壊したくねぇんだ、水野さん」

「あーたの苦悩を私にも分けてください」


アカギが余計な事で悩むくらいならば幾らでも、道など踏み外してしまえばいい
予想に反した水野の真剣な表情が哀しかった
最早体はアカギの言うことを聞かずに引き寄せられていく
指から滴る血液に舌を這わせると、体が疼いた
足りない、ちっとも足りない
背を伸ばし、狐の着物の襟に手をかける
腫れ物でも扱うようにそっと寛げると、中から白い柔肌が表れた
恐る恐る顔を寄せる


少しでも水野の顔を見たいと思うんじゃ無かった。
さっさと消えりゃ良かった。






もしもアカギが吸血鬼になったら


元々はハロウィンに合わせて書いていたもの





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